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カーブの変化量と回転数の関係。ベッカムや中村俊輔のFKは回転数が多いのか?

今回のテーマは、ボールに回転をかけた際の軌道の変化についてです。

以前の記事で無回転のボールの特徴について詳しく取り上げていますが、今回は回転をかけたボール、特にクロスやフリーキックなどで用いられるカーブ系のボールに注目します。

直感的には回転数が多い方がボールも変化しやすそうと感じるかと思いますが、球速との両立などの実践的な要素を考えるとそう単純な話ではありません。

ボールの回転数とそれによる軌道の変化の大きさの関係についての科学的知見も参考にしながら、カーブのボールを蹴る際にどの程度の回転数を目指すべきかを考えていきます。


カーブボールの代表例:中村俊輔&ベッカム

カーブ系のボールが特徴の選手と言えば、中村俊輔やベッカムだと思うので代表例として動画をあげておきます。

どちらのキックも大きく弧を描いて曲がるというよりは高い球速で打ち出された後に鋭く変化していて、野球で言うとカーブというよりはスライダーのイメージに近い変化かと思います。

特にこのようなフリーキックのシーンではキーパーの反応時間を短くするために球速が必要なことは明白です。

得点の確率を上げるためには球速を確保した上で軌道の変化を起こすことが重要です。

前提①:回転により軌道が変化するメカニズム

まず、大前提として回転をかけることで軌道が変化するメカニズムを簡単に説明しておきます。

空気中を物体が運動すると、その物体周りの空気が押しのけられるような形になり空気の流れに変化が生じます。この空気の流れの変化によって物体は空気からの力を受けることになります。

最も代表的なものはいわゆる空気抵抗と呼ばれる力で、空気中を運動する物体には、その物体の進行方向とは逆向き、つまり運動を妨げる方向に空気からの力が加わります。

よって、蹴り出されたボールは常に減速しながら空気中を飛んでいくわけですが、この空気抵抗は無回転のボールで最小になり減速幅も小さいというのが冒頭でも紹介した以前の記事の内容でした。

この他にも進行方向とは垂直な方向に加わる力が存在し、特に運動する物体が回転することによって力を受ける現象はマグヌス効果と呼ばれます。

マグヌス効果と検索すると様々な例が動画で出てきますが、僕が最も気に入っているのは以下の動画です。

ダム(たぶん)から回転をかけてバスケットボールを真下に落としているのですが、ボールの運動方向がどんどん垂直方向にずれており重力以外の力を受けている様子がわかるかと思います。

この現象もボールの運動(回転)による空気の流れの変化によって引き起こされています。

それを表したのが以下の図で、ボールが左から右に向かって動くことでその周りの空気は逆方向に流れていくことになります。

三井化学株式会社より

ここに図のような回転が加わると、ボールの上側の空気はボールに引きずられて流れが加速、ボールの下側の空気は減速することになり、ボールの上下で圧力差が生じます。

この圧力差によってボールは空気からの力を受け、これがボールの軌道を変化させることになります。

細かいメカニズムはそこまで理解する必要はありませんが、理解しておいて欲しいのはボールの回転がボール周りの空気を引きずることによって起きる現象であるという点です。

そのため、例えボールに回転がかかっていたとしてもボールが打ち出された直後ではまだボール周りの空気の流れが安定しないためボールの変化は大きくなりません。カーブ系のボールも曲がるまでに少し時間がかかるのはこのためです。

また、ボールの進行方向逆向きの空気の流れをボールの回転が乱すことによって圧力差が生じることを考えると、球速に対して回転速度が大きい方が圧力差が大きくなりボールの変化も大きくなることが予想できます。

実際にこの記事の後半で科学的な知見を紹介していきますが、ボールの変化を増やすには回転数は当然必要です。

前提②:球速と回転数はトレードオフの関係

ただ、もう一つ重要なポイントはボールは回転数を増やすほど球速を高く保つことが難しいということです。

これは蹴り足とボールのインパクトによってボールに加えられる力が速度と回転に分配されることが理由です。

ボールに回転が生じないようにボールの中心を貫くような力を加えるとボールに加える力が全て速度に変換されるのに対して、ボールの中心からずれた方向へ力を加えると加えた力の一部が回転に分配されてしまうため速度が落ちてしまいます。

よって、カーブを強くかけたいからと言ってボールの回転数を増やしすぎると曲がり幅は大きいけれど球速が遅くキーパーとしては反応しやすいボールになってしまいます。

実戦での利用を考えるのであれば、ボールに変化を起こすための回転数を確保しながら球速を高くする必要がありそのちょうど良いバランスを探ることが必要になります。

このバランスについて、ボールの回転数と軌道を変化させる力(揚力)との関係を調べた研究を基に考えていきます。

科学的知見:変化量は回転数と球速の比で決まる

Asai, T., Seo, K., Kobayashi, O., & Sakashita, R. (2007). Fundamental aerodynamics of the soccer ball. Sports Engineering, 10, 101-109.
ISO 690

今回参考にするのは上記の論文です。

この研究では、風洞実験という手法を用いており、軸に取り付けたボールに風を当てボールを回転させた時にボールに発生する力を調べています。

実際のキックでは基本的には無風状態の空気中をボールを運動することで空気の流れが生じますが、ボールを固定して逆向きに球速と同じ速度の風を当てることで同じ現象を再現しています。


その結果が、以下の通りです(論文中のfigure9)。
グラフの縦軸が回転によりボールに生じる力の大きさを表す目安で、横軸がスピンパラメータという値になります。

スピンパラメータは、回転速度/球速に比例するように定義された値でこの値が大きくなるほど回転速度が大きいもしくは球速が低いボールということになります。

Asai, T., Seo, K., Kobayashi, O., & Sakashita, R. (2007). Fundamental aerodynamics of the soccer ball. Sports Engineering, 10, 101-109.ISO 690

この結果から分かるのは、球速に対して回転数を増やせば増やすほどボールは曲がりやすいということです。

ただ、グラフの形からも分かる通りスピンパラメータが0.1以上になると、回転数を増やすことによる軌道の変化量の増加は緩やかになります。

よって、球速との両立を考える場合にはスピンパラメータが0.1は確実に超えたい一方で、それ以上の値を目指す必要はない可能性があります。

この数値、グラフだけを見ていてもイマイチイメージが湧かないと思うので、より具体的な数値で考えてみましょう。


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