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中村俊輔のフリーキック分析。独特なフォームから生まれる曲がって落ちるボールの秘密。

今回は、間違いなく日本サッカー史上最高のフリーキッカーである中村俊輔のフリーキックを解説します。

この動画内にもいくつもフリーキックでのゴールシーンがありますが、彼のフリーキックの特徴は曲がって落ちるボールを高い球速で蹴れることです。

また、以下の画像のように体を右側に倒しながら腰の捻りを使って蹴るような独特なフォームは彼の現役時代を知るサッカー人は誰もが一度は真似しようと試みたことと思います。

今回はそんな中村俊輔に特有のフリーキックの秘密を解剖していきます。


曲がって落ちる軌道を生むボールの回転

まず、そもそも曲がって落ちるボールを実現するのに必要なボールの回転について解説します。

ボールの軌道を決めるのはボールに与える初速と回転のみなので、理想とする軌道を実現するための初速、回転を理解してそこから逆算的にフォームを組み立てていくことは非常に重要です。中村俊輔のフォームが独特だからと言って、その独特な部分だけを真似しようとしても中々思うようなボールが蹴れないのはその根底にあるメカニズムを理解しておらず理に適った真似方ができていないからです。

中村俊輔が蹴るボールの特徴は、曲がって落ちることです。この軌道を生むためのボールの特徴を考える上では、曲がると落ちるを別々に捉えるべきです。

まずボールを曲げるために必要なのは横回転の成分です。これはイメージ通りかと思いますが、横回転がかかることでボールには横方向の変化が生まれます。

また、落ちる方の変化を生む回転は縦回転(=トップスピン)の成分ですが、この方向への変化は縦回転を与えなくとも重力の影響によってある程度生じます。

以下の図は球速100km/hで打ち出したボールが9m進んだ時点で高さ2.5mとなるように(相手の壁を越えるように)打ち出し角度を調節した場合のボールの軌道です。ここではボールには回転が生じていないとして考えています。

この時、ボールの高さは20m手前くらいで3.2m程度の最高点を迎えた後、徐々に落下速度を増していき、25mほど進んだところですでに落差が50cmほど出ていることが分かります。

実際にはボールに横回転が掛かると空気抵抗は大きくなっていくので、縦回転をかけずとも横回転がかかっているだけでより大きな落差を生むことができます。

ボールの回転を考える上で注意しないといけないのは、球速と回転数の両立が難しいということです。回転数を増やすと球速は落ちやすくなってしまうので、縦回転をかけずともゴール枠内に収めるのに十分な変化を生めるのであれば縦回転成分は少なくなった方が球速を確保できゴールへの到達時間を短くできるのでゴールの確率は高まると考えられます。

球速重視と落差重視の使い分け

中村俊輔の実際のフリーキックを見てみても、以下の2つのシーンのような少し遠めの距離ではあまり縦回転成分は強くない球速重視のボールを選択しているように見えます。(以下、動画を再生すると該当シーンが先頭に来るように調整してあります)

一方で、以下の3シーンのようにボールの回転軸が斜めになっている(=縦回転成分が加わっている)ことが明らかなシーンもあります。先ほどのシーンと比べると少し球速は落ちますが、明らかに落差は大きくなっていて明確に使い分けが行われていると感じます。とはいってもかなりの球速でこのボールを蹴れるのが本当に恐ろしいところです。

中村俊輔のフォームの特徴

理想とする軌道を実現するための条件が分かったところで、ここからはその条件を満たすためのキックフォームを見ていきます。

外見上で分かりやすい特徴で言うと、

1. 助走を横から入る
2. 軸脚を斜めに刺す
3. 蹴った後に軸足の足首を寝かすようにする
4. 腰の捻り(骨盤の回旋)を利用する

といったところかと思います。

実際に中村俊輔のキックを解説する記事や動画はいくつも存在していますが、どれを見てもこの4つのポイントを取り上げているかと思います。ただ、そのような動きがなぜ異様なまでに質の高いキックに繋がるかの理屈はあまり示されていないのでこの記事を通してそこを理解して頂ければと思います。

1. 助走を横から入る

まず、最も分かりやすく真似しやすいところで言うと助走の角度を蹴り出し方向に対して垂直に近くすることです。これは、ボールに横回転をかけることに大きく貢献しています。

ボールの回転は蹴り足の面の向きとスイング方向がズレることによって生じます。左足での横回転をかける場合で考えると、左足の内側の面が蹴り出し方向に向いているのに対して、右側から左側に擦るように蹴り足をスイングすることによって横回転を生むことができます。

また、蹴り足のスイングは基本的には体の向きに一致している方向へ動かす時が最も効率が良くなります。カーブを蹴るのが下手な選手に多いのが、体の向き(特に軸足のつま先やおへその向き)を蹴り出し方向に向けたまま蹴り足を外側に振るようにしてしまう蹴り方です。これでは体の向きに対して蹴り足の運動方向が外側にずれているので蹴り足の加速が難しくなりスピードも回転も生まれないキックになってしまいます。

これを解決するための簡単な方法は助走を横から入ってきて、体の向きが横を向いたまままっすぐ足を振ってしまうことです。体の向きが蹴り出し方向に対して横を向いていても蹴り足の内側の面は蹴り出し方向に向いているのでその状態で足をまっすぐ振るだけで横回転を生むスイングを出すことができます。

実際に中村俊輔のキックの際の軸足やおへその向きに注目すると以下の通り蹴り出し方向に対してかなり左側に向いていることが分かります。

2. 軸脚を斜めに刺す

続いて、軸脚の使い方についてです。軸足(右足)が地面についた際に右側のお尻が軸足よりもかなり右側に位置するような形になる(=軸脚が正面から見て斜めに倒れる)のは中村俊輔のフォームの大きな特徴です。

この形は横方向への助走に対して体にブレーキを掛ける上で最適な形になっています。体にブレーキを掛けるには重心よりも進行方向前側に足を接地する必要があり、横方向への助走を行う場合にはこのような形でお尻と軸足の位置がズレるように(=軸脚の脛が倒れるように)軸足を置きにいくことが有効になります。

また、そもそもなぜブレーキが必要かと言うと、ブレーキを掛けることによって蹴り足が加速されやすくなることが最大の理由です。一定の長さを持つ物体が運動している際にその物体の端点にブレーキを掛けるともう片方の端点は1.5倍の速度に加速されます。力学的に言うと一点にブレーキを掛けることで重心速度(物体全体の速度)は小さくなるのですが、回転運動が生じることによってブレーキをかけたのと逆側の端点のみの速度に注目すると速度は増していくという現象が起こります。

このブレーキ効果によって助走で生み出したエネルギーを蹴り足に集中させていくことがキックにおいては重要なのですが、その起点として軸足接地で軸脚側股関節にブレーキを掛けることは非常に重要になります。

中村俊輔のキックで言うと、助走の速度はかなり速めですが右足がついた瞬間に右脚の股関節はピタッと止まっていて非常に強いブレーキがかかっていることが分かります。このブレーキによって腰(骨盤)の回転が生まれ鋭いキックが可能になっています。

ブレーキの重要性については以前の記事でも取り上げているのでぜひご覧ください。

3. 蹴った後に軸足の足首を寝かすようにする

もう一つ外見上分かりやすい、かつ中村俊輔に特有のポイントとして挙げられがちなのがボールを蹴った直後に以下の写真のように軸足の外側の面が地面に接するようになることです。

蹴った後の形がこのように足首が倒れるような形になるのは、次に解説する骨盤の回旋運動の結果軸足が引きずられるようになることが理由であると考えています。

中村俊輔の体の捻りに関して解説されている他の記事や動画を見ると、軸足側の股関節(右腰)に対して蹴り足側の股関節(左腰)が前に来るように骨盤を回転させて使っているという誤解が見られます。

なぜこのような誤解が生じているのかはよくわかりませんが、蹴る瞬間の写真を見れば上記の説明とは全く逆で、軸足側の股関節よりも蹴り足側の股関節が後ろに来るようになっていることは明らかです。

ここに中村俊輔のフリーキックの大きな秘密があります。
この腰の動きによってボールを擦り上げるような縦回転成分を生むことができ、鋭く落ちるボールに繋がっています。

その理由についてここから解説していきます。

4. 腰の捻り(骨盤の回旋)を利用する


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