資本主義の背中から、感情主義の足音が聞こえる

よくわかんないけど、なんか好き。

そんな意思決定をする機会が、ここ最近なんとなく増えている感覚がある。

「エモい」という心の動き

なんとなく好き。これをうまく表現したのが「エモい」という言葉。

僕たちがエモいと感じる瞬間というのは、定量的な数字を軸にしているのではなく、定性的な気分や感情をベースにして世の中を見ている瞬間だと言える。

あの人はフォロワーが○○人いるからスゴい。この人は売上○○だからスゴい。もちろんこうした実績によってその人の印象が左右されるのは間違いない。

しかし、もっと奥深くにある「心が動いた感覚」をベースに意思決定をする機会が増えてきているからこそ、エモいという言葉が流行っているのだと思う。

インターネットは数字を民主化した

ではなぜ、定量的な数字ではなく、定性的な心の動きで世の中を眺める人が増えてきたのだろうか?

それは、スマホやSNSなどによって、誰でも数字が見えるようになったことが大きいのではないかと思う。

資本主義、IT革命、スマートフォン、SNS。これらが僕たちにもたらしてくれた大きな功績は、なんでも数値化できるようになったことなんじゃないかと。

時価総額○○円。フォロワー○○人。○○PV。いいね○○件。

それまでは目に見えていなかった、なんとなくスゴいと感じていた感覚が、数字という指標で誰でも見えるようになった。

特にスマートフォンというツールによってそのスピードは一気に加速し、いつでも、どこでも、誰でも、世の中にある多くの物の価値が数字という指標で見れるようになった。

インターネットという魔法のメガネをかけることで、数字で見る世界が民主化し、コモディティ化した。

もちろんこれによって、多くの新しい物が生まれたり、今までになかった新しい価値が生まれたりした。それ自体がとても素晴らしいことで、決して数字を否定している訳ではない。

そして数字で表された実績というのはまぎれもない実力であり、事実でもある。

ただ、その結果として、人々は数字に飽きはじめている、という事実からは誰も目を背けることはできない。

自分という人間が、あらゆる角度から数字というメガネを通して世の中に映し出されてしまう。周りの人々を、あらゆる角度から数字というメガネを通して見てしまう。

そんな透明なメガネをかけて過ごす日々を、僕たちは心の奥底でどう思っているのだろうか...

「芝麻信用」のその先に望む世界

中国には「芝麻信用」という信用スコアシステムがある。

カードや銀行の支払い履歴やSNS上の人間関係などを元に、350〜950の間で個人にスコアが付けられる、アリババグループが提供するスコアリングシステムである。

スコアが高い人は良いサービスを受けられ、逆にスコアが低い人は良いサービスが受けられないといった使い方がされている。このシステムにより中国では犯罪の数が少なくなったという記事も読んだことがある。

これはまさに、全国民がインターネットという透明なメガネをかけて数字をベースに世の中を眺めている世界と言えるだろう。

Aさんは、年収が1,000万円で、貯金が2,000万円あって、フォロワーが5万人いるから、"社会的な信用スコア"は900です。

数字で表す世界は決してなくすことはできないし、そこから逃れることもできない。数字で表すことで共通の基準ができ、判断もしやすくなる。数字で表すことのメリットはとても大きいため、それは1つの世界としてぜひ成り立って欲しいと願う。

しかし、インターネットによる数字の民主化の先には、必ず疲弊というゆり戻しが待ち構えている。

数字に溢れた世界の先には、数字ではない"エモい世界"を望む人たちが必ず現れてくる。

Bさんは、困った時にいつも声をかけてくれて、SNSの発信にはとても心が動かされ、とにかくノリが合うから、"僕の中での信用スコア"は900です。

自分が知らない第三者や世間の人々から見た数値的指標ではなく、自分とその人の間にだけ見える感情的なモノサシが重要視されていくように感じる。

数字で溢れた世界の先に、個人の感情を軸にした世界を望みはじめている。

感情をベースにした「感情主義」

人々の意思決定の基準として、"感情"の割合がこれから高まっていく予感がしている。

単に数字がスゴいから良いというのではなく、なんとなく好きだからこれを選ぶという世界。目に見にえる実績があるから選ぶのではなく、感動させてくれるストーリーがあるから好きという世界。

もちろん、そもそもお金を稼げる人は人に感動を与えることができる能力に長けているし、時価総額の高い会社は世の中にそれだけの価値を与えている。世の中から決して数字はなくならない。

しかし、受け手側に立ったとき、これからは"感情"をベースに世の中を眺める人、眺めたいと心の奥深くで思っている人がどんどん増えていくのではないだろうか。

素直に。直感的に。心の思うままに。感情をさらけ出すように。ただなんとなく好き。説明はできないけど好き。自分自身の心の感覚を大切にする。感情をベースに人と交わる。

そんな「感情主義」の到来を感じる。

インターネットという魔法のメガネで世の中を見るようになった僕たちは、その先の世界に、心の乾きを潤してくれる感情という水を求めはじめているのかもしれない。

ふと、自分の心の声に耳を傾けてみると、心の底に眠っている感情の足音が聞こえる気がする。

感情主義の世界観を目指して

感情主義の世界観を作るためにはどうすればいいか?その答えとして僕が思っているのは、感情が流通する場所を作ること。

ありがとう。好き。素晴らしい。助かった。感動した。最高。

そんなふうに、感情をダイレクトにやりとりする場所。単なる褒め合いの場ではなく、1つ1つの感情に重み付けをして贈り合える場所。

そして、自分に集まった感情を、結果としてお金に変換できる場所も必要ではないかと思っている。

人の心を動かした結果として贈られる感情ポイント。しかし、それが、何物にもならないと、人はそこに価値を感じられない。だから感情とお金が交わるポイントを作り、感情に価値を持たせたい。

そうすることで、人に感動を与えた結果としてお金になって還元されるという、お金本来の姿を見つめ直す体験ができるようになるのではないかと思っている。

お金とは、人に感動や喜びを与えた対価である。

しかし、数字に溢れてしまった現代、その本来の意味を捉えることが難しくなってきていることも事実だろう。

だからこそ、お金本来の姿を見つめ直す場所として、感情が流通する"感情経済圏"を作っていきたい。

もっと素直に。心の声に正直に。ただ好きという気持ちを大切に。ありがとうの体温が上がるように。感情を流通させたい。

同じような想いを持っている人と一緒に感情が流通する場を作ることにチャレンジしたい。

1人でも多くの人が、体温のある感情に囲まれることを願って。

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武内 宏伸

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