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「大阪マティーニ論」─バーテンダーの視(め)

 夏の終わり。新大阪にて、従姉妹の結婚式があった。

 今は全国に散っている親族が久しぶりに一同集まり、全員が酒好きであって披露宴は大盛り上がり。予定時間を2時間近くも超える大宴席となった(断っておくとそれ自体は我々のせいではなく、新郎新婦へのサプライズ企画が実に豪華4本立てであったから)。

 そこから関西に住む我が兄の案内で夕刻から”天満”にて二次会へ。串揚げや馬の焼き肉を堪能させてもらい、大阪グルメも素晴らしいなぁと思った次第。なかなか来る機会はないのですけれど。

 宴もたけなわでホテルへ向かう道すがら、大通りから少し外れたところでぼんやりとライトアップされた木の扉とそこにある1枚の張り紙が目についた。

”カウンター中心のバーなので5名様以上はお断りしています”

 ここ、絶対オーセンティックバーだ……! と、興奮してしまいそうになったがそのまま入ろうとするのはバツが悪い。なにせこちらは10人近くの大所帯であるし、そうでなくてもどらどらと一緒についてこられてしまっては、せっかく見つけたこの関西の初BARを純粋に楽しみ切れず台無しだ。

 その場は何も気づかなかったフリをして一同が泊まっているホテルへ。幸い各自で別々の部屋を取っていたのでこっそりと抜け出すのは容易い。「明日は10時にロビーで」と伝えられた時にはすでに上の空で、早くあのお店の扉を開けたくって仕方がなくなっていた。

 近くのコンビニで黒いアメスピを買い(僕はBARに行く時だけはタバコを吸う。葉巻であれば尚良い)いざ来店。聞こえてくる「いらっしゃいませ」は京訛り(おそらく違う)。

「1人なんですが……」

「どうぞどうぞ! こんな遅くに、お仕事帰りですかぁ? 」

「そんなところです。ホテル阪急で宴会がありまして、飲み足りず」

 薄暗い店内に気さくなマスターと厚いカウンター板。端には常連さんであろう若い男性が座っている。素敵な雰囲気じゃないですか、さてさて何を飲みましょうかねと考えていると黒板にある今月のオススメが気になった。巨峰のカクテル……、梨のカクテル……などフレッシュカクテルが羅列されており、最後にはドライマティーニ……? 

「あの書いてあるドライマティーニって、何かアレンジがされているのですか」

「いやぁ、あれは普通のドライ・マテイニですよぉ」

 ハテナマーク。とりあえず散々飲んできた後であるので丁度いいと思いそれをオーダーしてみる。数分後、なんともまぁ美味しそうな普通のマティーニが出てきたので分かっていながらもさらにハテナマーク。一口啜っているとマスターが、

「いやぁ、マティーニってどこのBARでもなんとなぁく頼みづらいでしょぉ。なんだかお店を試しているみたいになってしまって、単純に味が好きなのに。そういうカクテルっていっぱいある気がするんですよぉ」

「そうそう。ジン&フィズとかねぇ」

 隣の常連さんもニコニコしながらマスターに賛同している。

「だからオススメに書いているんですよぉ。マティーニ頼みやすいように。ただあれだけでみるとなんで最後だけクラシックって思ってしまいますよねぇ」

 なんという事か。遠く異国の地で旧知の友に出会ったかのような感動。僕が普段から思っている事を全て代弁してくれた事に嬉しくなってしまった。

「それ、僕も普段から思っていたんですよ。ジン&フィズもマティーニも、本かドラマかの影響でバーテンダーを計る酒みたいになっていて頼みづらいんです」

 そこからは3人で大盛り上がり。すでに自分の酒量はとうに超えているモノの、さらに2杯ものショートカクテルをいただいてしまった。楽しい時間って、怖いですわね。

 翌朝。さすがに少しだけ二日酔いであったがホテルの朝食に出てきた食べ放題の十割蕎麦ですっかり快復。何食わぬ顔でチェックアウトに向かうと開口一番でとても驚いた。

「そういえばアンタ、あの後”アノ”BARへは行ったの? どうだった? 」

 いやはや我が母上様は流石である。曰く、通り過ぎた際に凄く行きたそうな顔をしていたとの事。久しぶりに会っても、息子の事は何でもお見通しでございましたか。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。