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「永遠のウイスキー響」─バーテンダーの視(め)

「響の17年物が手に入りましたぞ」と、数少ない友より緑色の便りが届いた。

「それはそれは、早々にいただきにあがらねばなりませんなぁ。して奥様の御機嫌は如何か? 」

「上々なり」

 横浜に独り暮らしを始め、田舎の閉塞感から解放されてきた頃、近い将来には結婚し、この地へちょっとだけ良いマンションを買い、奥さんと子供、週末には友人を招き料理の腕を振るう……、などと夢想していた時期があった。しかしそれは杞憂。すっかり仕事に没頭している内、あっという間に20代を駆け抜け、気づけば僕は独り身を満喫するいいオジさんになってしまっていた。

 想像していた形ではないとはいえ、今ではこうしてしばしば友人夫妻の家に招かれて一緒にお酒や料理を楽しむ日々が訪れている(というよりも子供が出来て我が友がなかなか外へ出歩けなくなったのが大きい)。

『ブレンデットウイスキー響17年』は言わずと知れたサントリーウイスキーの最高傑作。さほど仕事以外ではウイスキーを飲まない僕であっても、必ず自室へ1本買っておくほどに芳醇で飽きのこない愛して止まないお酒の1つだった。

 しかし、材料の一部としている山梨のウイスキー”白州”の生産が追いつかなくなってしまったため、白州の12年物と共に市場から消えてしまう事になる。2021年に一部リリース、2027年には両方とも復刻するとの話で非常に残念に思っていたところで、そんな酒をとある地方の小さな酒屋さんで見つけたというのだから、至急宴席を設けねばなるまいと集まる事になったのだ。

「ではでは肴は何が良いだろう。刺身にはもちろん合うが、響は牛肉にも最高に合う」

「ウイスキーを手に入れた際、良質な白生モツも手に入れましたぞ」

「なんと、でかした! では塩モツ鍋を主役に、脇を牛のしぐれ煮で固めよう。丁度良く甘さ控えめのが作ってありますゆえ。道すがら、マグロのお刺身も多めに買って馳せ参じまする。奥様には何もお手を煩わせませんと、どうか場所だけお貸しくださいと、そうお伝えくださいまし」

「御意」

 BARで流行りつつある食べ合わせの勉強で、大量生産したものの消費しきれなくなりつつあった”ペアリング用しぐれ煮”の出向先も無事決まり。それをタッパーへ詰めて、いざ行かん。幸い夫妻宅へは自宅より30分ほどでついてしまうのでこういった御呼ばれされた時でも全く苦にならない。毎週末呼んではくれないかしら、アタクシはいつでも空いておりますのよ。

 夕刻につけば鍋の用意もこれからとの事。ではではと包丁を握らせていただきまして、いやいやその前にとプシュリ。「何いきなり1人で始めているんだ」と、ご夫妻よりさっそくお叱りを受けるがそれはそれ。酒の一口でもなければ料理は美味しく作れない。こんな事もあろうかと鴨の燻製なんぞも手土産に用意していたのでそれをテーブルへ先に並べればようやく落ち着いたご様子。向こうも勝手に(ヒトの家だが)始めだす。

 今回は”塩モツ鍋”、”ホンマグロのお刺身”、”牛のしぐれ煮”とどれも香りや旨味が強く、独特なモノで揃えてしまったが、それらに負けず劣らず自己主張をしっかりしてくれる響17年には改めて驚かされた。スコッチウイスキーにチーズを合わせるというのは数年前より良く見かけるようになってきたけれど、このジャパニーズも個性派同士のペアリングでも活躍出来るほどのポテンシャルがあるのかもしれない。

「なにやら美味しそうな香りがしていたので」

 随分と便利な世の中になったが、緑色の便りはいつでもどこでも何人へでも、写真まで付けて送れてしまう。仕事で近くまで来ていたという共通の友人が合流したが、奥様とお子さんはお腹いっぱいになって先に寝てしまわれたので、こちらも声密やかに……、そして静かに棚からまた別のウイスキーや焼酎を開け、グラスへと注ぐ。2次会の開幕だ。

 さてさてここまでお話ししてきたウイスキー響。特徴的なデザインのボトルは繰り返す時間や節気を表す24面体となっていて、永遠や悠久といった意味が込められているとの事。こんな友と過ごす時間も、ずっと大切にしていきたいモノである。

『バーテンダーの視(め)』はお酒や料理を題材にバーテンダーとして生きる自分の価値観を記したく連載を開始しました。 書籍化を目標にエッセイを書き続けていきますのでよろしくお願いします。