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大阪の穴場&珍名所②

再オープンに期待がかかる「最後の負の遺産」(なにわの海の時空館)

コスモスクエア駅からシーサイドプロムナードを歩く

 バブルがとっくに弾けた2000年に開館し、わずか13年で閉館した博物館が大阪市住之江区にある。その名は「なにわの海の時空館」。
 176億円の総工費をかけ、年間60万人の来場者を見込んだものの初年度の20万人が最高で、その後は赤字を垂れ流しつづける。赤字額は年間で2億円から3億円。閉館後も10年で7000万円の維持費を計上したらしい。
そんな、博物館の現状はどうなっているのか、たずねてみた。
 最寄り駅のひとつは大阪メトロ中央線のコスモスクエア駅。南港ポートタウン線、通称「ニュートラム」の駅でもある。
 1階の改札からエスカレーターに乗って、2階の出入口から外へ出て、階段をおりると「シーサイドプロムナード」という海沿いの遊歩道がある。ここからは大阪港が見渡せ、天保山や阪神高速湾岸線の天保山大橋などがうかがえる。

シーサイドプロムナードから見た天保山のようす。海遊館や大観覧車の姿もうかがえる。


 プロムナードを歩いていると、釣りをしている人の姿が見える。何が釣れるのか気になるところではある。一帯は「魚釣り禁止区域」ではあるが。

釣り糸を垂らす人と「魚釣り禁止区域」の表示
禁止区域の看板に立てかけられた釣り竿

野ざらしの復元古代船と放置された閉館施設

 しばらく歩くと、小さな運河があった。「咲州キャナル」というらしい。全長は約1.3キロ、幅は最大で9メートル。地域の憩いの場として設けられたという。

咲洲運河(キャナル)のようす。真ん中にそびえるのが「大阪府咲洲庁舎」(咲洲コスモタワー)で右にあるのが「アジアトレードセンター」(WTC)

 ここからもうすこし歩くと、見えてくるのが元「なにわの海の時空館」だ。

元「なにわの海の時空館」の全景

 施設の前にあるのが古代船の「なみはや」。市制100周年を記念して復元されたという。
 

古代船「なみはや」の展示状況

 全長12メートル、幅1.92メートル、高さ3メートル、重さ約5トンの姿は、堂々としたものだ。しかし、屋根に覆われてはいるものの、ほぼ野ざらし。周囲には雑草も茂り、まるで朽ち果てるのを待っているかのような状態は、あわれみすらさそう。
 時空館はエントランス棟とドーム型の展示棟に分かれている。閉館しているので、エントランス棟は、ちょっとした廃墟ではある。

エントランス棟の全景
内部がのぞけるエントランス棟の入り口

 ただ、廃墟にありがちなものが見当たらない。それは「落書き」だ。柱に刻まれた稚拙なものは発見したが、街中で見かけるスプレーで書かれた落書きはない。

エントランス棟の柱に刻まれた落書き。「FOOK」はたぶん「FUCK」の間違い

 大阪のやんちゃくれも、さすがにこんなところまではこないのだろう、と妙に納得してしまう。
 展示棟は世界的な建築家であるポール・アンドリューの設計で、4208枚のガラスを使用。2002年に英国構造技術者協会から、特別賞を受賞したという。たしかに、その特徴あるフォルムは、圧倒されるようなダイナミックさと近未来的な雰囲気が感じられる。

海上にある展示棟

 そんな姿を見ていると――。
「あった!」

展示棟に書かれたスプレーの落書き

 スプレーの落書きだ。展示棟は海上にある。周囲は海に囲まれている。まさか泳いでたどりついたわけでもないだろうから、ボートで近づいたのか。けして許されることではないが、呆気に取られると同時に関心もしてしまった。

展示棟の遠景。右側がコスモタワー

野鳥園から望む万博会場の工事現場

 なにわの海の時空館は「咲州」という人工島に建てられている。海を隔てたところに浮かんでいるのが「夢洲」と「舞洲」だ。

咲洲と夢洲をつなぐ唯一の自動車交通路「夢咲トンネル」。
工事が本格化すると混雑と渋滞が懸念されている

 そして夢洲は、2025年に開催される「大阪・関西万国博覧会」の会場。咲洲からも、工事のようすがぼんやりと見える。はっきり確認しようと思い、島の先端を目指すと「大阪南港野鳥園」にたどりつく。

大阪南港野鳥園の入り口。
前面のオブジェは彫刻家、向井良吉による「海を渡り山を越え街を見た」

 園内は干潟との緑地に分かれ、さまざまな野鳥が観察できるという。
干潟に集まる野鳥を観察するために展望台が設置されていて、そこから遠くに夢洲が見える。

野鳥園の展望台入口

 着々と建設が進められているであろう、350億円という費用をかける「木造リング」も垣間見えた。

展望台からながめた光景。手前が干潟で奥が夢洲。
白木の木造リングらしき建造物が確認できる

 海の時空館は、観光コンサルタント会社が体験型ミュージアムに再整備し、2025年中の開業を目指すとする。現在の閑散とした周辺のようすも、来年には見られなくなるかもしれない。再オープンで、見事によみがえることはできるのか。「大阪市最後の負の遺産」ともいわれた汚名をそそぐことができるのか。興味深いところではある。

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