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感情が動かないと人って動かないよね。

大学4年生の時に
感情が動かないと人って動かないよね。
って思った話です。

大学4年生の時キャプテンをやってたんだけど、
キャプテンになったら、どんな感じでやっていこうかって俺なりに理想があって。

最後のインカレに出れるのは8人。
その少ない席を奪い合うという上層部の人間だけの競争で終わらすんじゃなくて、その他の選手たちも必ず中大重量挙部という組織を通して、成長して欲しいという気持ちが強かった。
だからメンバー争いとか、そこの勝ち負けだけで競技続けちゃうとつまらなくなってしまうんですよね。大学スポーツは勝敗だけじゃないので。個として自立して記録を伸ばして欲しいと考えていたし、それが結果的に競技力だけではなく、多方面に変換可能な努力論や経験値を得れると思っている。

大学では常にコーチが練習場にいるわけではなくて、見られてない所でどれだけ練習出来るかが勝負です。
自立して記録を伸ばしていくという作業を個々よってスタイルは違えど様々な方法論を共有してきた。
でもね、まあ思った通りにいかなくて。とても難しかった。そもそもプランを立てるまでは良いけど、実行まで至らないケースが多かった。

実行してエラーして再構築だったら、まだ分かるが実行しきれない。理論を教えても行動させきれなかった俺の力不足なんだけど。

なぜ自分が出来て、みんな出来ないのかって感情が付いてきていないからなんですよね。卒業間近に気付いたよ。みんなには申し訳ない。。

行動出来る時っていつだって感情が途轍もなく動いてる時なんだよね。

こっちの方が良いに決まってるって事あるじゃん。この知識身に付けた方が良いって分かっていても、勉強しきれなかったり。それって感情が動いてないんだよね。
俺は20歳の時に周りの体育会の人たち見てこのまま閉鎖的な世界にいたら 自分−競技=0になってしまう危機感を抱いたから、本とか読み始めるようになったのを覚えている。怖さとかそれじゃカッコよくないっていう感情が出たからなんだよね。大して、勉強してこなかった自分が自発的に知識を掴みにいくなんて昔だったら到底思わなかっただろう。でも、感情がそうさせた。

つまり、組織や人を動かさなければいけないときは理論だけでは変わらないし、人は動かない。感情を動かせて初めて人は動いてくれるのだろう。

この原体験から自分自身が大小あるけど、色んなアクション起こしたタイミングでどんな感情が芽生えていたのが再確認する事にする。そして、これから人の感情を動かせるような試合やものを作っていきたいね。

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