アリとキリギリスとクロネコ

父は勤勉な勤務医であった。
それにひきかえ次男坊のボクは収入に波がありすぎるフリーランスである。

作家は本や作品の売れ方で当然収入は増減はするのだけど、それだけではない。大手の出版社だと、本が出たその月もしくは翌月の前半に原稿料なり印税が振り込まれたりする。
しかし中小になると、月末締めの翌月払いだったり翌々月払いだったりもするし、スマホ配信のダウンロード印税となると、振り込まれてみないと額が分からないのだ。

しかも明細は数日後メールにPDF添付で送られてくる。確認すると、三ヶ月前のダウンロード印税だと分かったりする。

5000円未満とかだと振り込んでくれない会社もある。プールしといて5000円以上溜まったら振り込んでくれるというのだ。

銀行の振込手数料のせいだが、なんだか非道い。いま貧乏なので、余計にそう感じる。

こういうシステムなので、父から仕事が行き詰まった時どうしたらいいか?などのアドバイスが貰えないのだ。
貰えても「真面目にやりなさい」とか「締め切りは守りなさい」くらいなもので、為になった試しがない。

妻であり共同執筆者でもあったみなみ先生に先立たれて廃人同様の生活をしている時に、兄にこう言われた。
「オレは会社に行ってそれなりにやってりゃ給料はもらえる。でもお前の仕事の稼ぎ方は分かんないから、アドバイスのしようがない。マンガにしても小説にしても、アイディアとかからそれをまとめ上げる方法なんて、想像もつかん」

え?
お兄さん……あなただって中学生くらいまではマンガ描いてたじゃない!なのに分かんないの?

そうなのだ。40年以上の月日は、人間にとって半生だある。父と子というスケールでは測れなかった断層が、兄と弟というスケールではハッキリと測れたのだ。

ボクはいつの間にか、不思議な魔法のようなものでモノを練り上げてお金を稼ぐ人になっていたらしい。

これでは父もアドバイスの送りようがないわけだ。だから金は送ってくれる。もちろんタダではない。
完膚なきまでに人格さえ否定されかねない、容赦ない説教が付いてくる。
基本は『アリとキリギリス』に、自分の体験談が付いてるだけだが、キリギリスとしてはなんとも申し上げようがないのだ。

いくらアリさんが勤勉であったとしても備蓄には限度がある。それくらいいくら愚かなキリギリスにも分かってはいるし、良心だけは失っていないのだ。

一日も早く不思議な魔法のようなものでモノを練り上げなければならないのだが、傷心で引きこもっているうちに、レシピが怪しくなってしまった。

そこで一日4〜5時間だけクロネコさんのお世話になることになった。

キリギリスには堪える仕事だが、いい点がある。
痩せる。
筋肉がつく。
すると椅子に座るのが楽になるはずである。

そしてクロネコさんのお世話になっている時間は、死別者の哀しみから逃れられるのだ。

いまは疲労困憊で他に何も出来ていないが、やがて身体が慣れてくれば、睡眠を除いた約半日と、週に1日の休みの日に魔法のようなものを使いたい欲が湧いてくるのではないかと考えたのだ。

一週間でクロネコさんの大変さや、中の人達……いやネコさんたちの個性や優しさやいろんなものが見えてきて、これはこれで魔法のようなものの材料になるかもしれないなぁと感じ始めてもいる。

おまけに今はiPhoneがあればどこでもテキストは打てるし、ネームもApple PencilとiPad Proでできる。iCloudやDropboxでMacとも同期してくれる。

キリギリスらしく、石神井公園のベンチやカフェのテラス席で日差し浴びながらモノを練っていても、同業者でなければまず気づかれることもないだろう。

キリギリスにはいい時代になってきたかもしれない。

そうやってほくそ笑んでいるうちはダメなのだろうが、もうそういう断層が出来てしまったものはしょうがない。

でしょ?


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