津波後

ビック(当時は)データ(情報だけ)を使った都市計画-未来予知をした学生時代-

私が大学院の修士設計を提出してから10年が経ちました。正直、その時に想像していた10年後の未来はその通りの現実になってき始めていると感じています。

修士設計では、国指定の鳥獣保護区でもあり、海岸沿いに都市が迫っている西宮市御前浜海岸を対象敷地とし、都市と自然災害との関係をテクノロジー時代を想定して設計してみるということを目的としました。

実際に大切にした考えは・・・

①今でいうビックデータで都市を設計する(当時はビックデータという概念がなく情報という言い方をしていた)

②情報(資料や古文書や地域の方々のお話、地形など)から発見できた津波がくるという事実を設計に取り込む(過去の問題)

③日本がこれから抱える人口減少問題を取り上げる(今の問題)

④海面上昇という未知の問題を取り上げる(未来の問題)

⑤人工知能に感情(デザインの想像)を奪われることを想定し、建築家としてのエゴ(デザイン)を捨て情報に設計を委ねる

⑥人としての感情を捨てリサーチの段階で情報だけを信じる

他諸条件あり。

約3年間かけて(4回生から大学院2回生まで)西宮市御前浜海岸の調査や隔週でワークショップに参加するなど、そこから得られたデータのみで都市の設計を進めました。

隔週(約3年間)でワークショップに参加し、場所の使い方の提案と情報収集

発表しているのは若かりし頃の僕です(笑)

大学、行政、地元と連携し、小学生の学習に取り入れる試み

アーティスト藤浩志さんをお迎えし、この場所の使い方の提案実験(かえっこ)

地元の方々を取材し、情報収集とイベントのコンテンツ集め

遊びを通して地元の方々との繋がりを作り、場所の使い方の提案

遊びを通して地層などを調べる

そして西宮市立郷土資料館に取材に行った際、そして地元の自治会長から「津波」という事実を得て「津波が来る前に津波が来ることを想定した都市計画をし、津波後の方が美しい都市を情報によって設計する(死人0人)」というテーマ性も見えてきました。

まずはスケッチアップなどを使ってデータをまとめることから。

情報をまとめシナリオを作り、論考にまとめ、未来を予知

津波後、そして海面上昇によって海の中になる場所を想定

自然災害によって消えゆく場所にあるエレメントやポテンシャルを取り出す

人口減少により都市を山側へセットバックする

津波や海面上昇が来る前に橋を設計しておき、その場所にプランターのような機能を持たせておく

ビックデータやテクノロジーの進化は「未来予想」を可能にし

「未来の都市計画を可能にしました」

2×××年 橋も朽ちてこの場所には自然と人工物がヒエラルキーなく残る

私はこの修士設計で自分がテクノロジーになってみることで、どんなことが人間にできるかを確かめたかったのだと思います。

そして今もその時の感覚や信念を持ったまま仕事を作り、仕事に打ち込んでいます。

これからさらにテクノロジーは人間世界に入ってきます。そして人口減少問題や高齢化問題、グローバル化など物事は複雑に多様に社会を大きく変えると思います。

当時、私の修士設計は全く評価を受けませんでした。3.11前の津波予測、AIやビックデータという言葉がない時代のテクノロジー時代予想など、理解されるはずもありません。でも今は伝わるようになってきています。

未来は自分で作るものだと実感しています。

この後「OS的思考の建築」に繋がっていきます。

過去の記事です。

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