クオリティってなんだ-「誰でもできる」がマーケティングにとって重要な時代-


数年前から障がいを持つ方々が機織で織られた生地を使って作品作りをし、色々な活動に結びつけることをやってきました。

機織で織られた生地を障がいを持つ方々がパッチワークをされ、作品をオリジナルのTシャツと共に作品化しました。

作品について

MATEREAL(マテリアル)とは
Mate (片方) Real(現実)
「就労支援事業所の現実に目を向けよう」という意味からできた造語。

MATEREALのコンセプト
人が助け合ったり、頼ったりする時に「手」が相手の記憶に残す「温もり」を手がかりに、障がいを持つ方々が織った手織りの生地とTシャツなど普段身につける物で「手の温もり」をデザインし表現することをコンセプトとしています。温もりは健常者や障がい者に関係なく全ての人が持ち合わせる能力です。その能力を1つのプロダクトで、しかも障がい者・健常者が力を合わせて製作し表現することで、ボーダーレスな社会を目指す為の意識の共有、情報発信の為の存在価値としてMATEREALがあります。


活動も評価を受け、コニカミノルタソーシャルデザインアワードにてプロジェクト賞も受賞するまでに成長もしていました。

そんな活動をしている時、あることがきっかけで疑問を感じるようになりました。

それは

クオリティってなんだ

ということでした。

コニカミノルタソーシャルデザインアワードではプロジェクト内容もそうですが、作品自体の評価も高く、特にPen 編集長の安藤 貴之氏やプロダクトデザイナーの廣田尚子氏から個人的にも評価をいただけていました。

障がいを持つ方々やその支援者の方々にも勇気を持っていただける評価だったので素直に喜んでいました。


その後、建築の展覧会であるUnder 35 Architects exhibition 2016でこのファッション作品を展示しました。

(なぜ建築の展覧会にこのファッション作品を展示したのかは割愛します。)

この展示会にはシンポジウムがあって、そのシンポジウムが終わって会場を出た時に、ある若手建築家から「あのファッション作品はひどい!クオリティが低すぎる!こんな作品を展示する気持ちが分からない!」と突然面と向かって言われてしまいました。(シンポジウム前は素晴らしい作品だらけですね!と言われていたのでその変化に驚きましたが...。シンポジウムで何かあったのかもしれません。)

僕は作品に対して色々な意見があっても良いと思っているので、こちらの考えを伝えながら感情的になっているその人を諭していきました。

その方の言い分は、その方自身が服のパターンを書いて服を作られているそうで「パターンを書かない服はファッションではないしその分クオリティが低くなっている!」ということでした。

ちなみにTシャツは僕たちがオリジナルでパターンを書いて、生地もオリジナルで選んだ物でした。障がいを持つ方々が製作されたパッチワークに合うようにTシャツは作っていました。

この時にパターンを担当してくれたファッションデザイナーからは「世界的にシャネルがクオリティではなくなっている」という意見が出ました。

とても失礼な方ではありましたが、そのような意見は意見として受け入れるのが僕の考え方だったので、この頃からクオリティについて考えるようになりました。

例えば、僕が今活動している陶器の焼き直しについて考えると、僕は陶芸家ではないので、陶器を作る(成形)だけのクオリティを持ち合わせていません。でも自然に身を任せることで、どれだけ素晴らしい陶器を作ることができる陶芸家よりも、唯一無二の世界的にも評価を受ける陶芸作品を作り出すことができます。

しかもそれを誰でも体験できるように、ワークショップを通して実験もしてきました。

写真に写っている方々は全員陶芸素人です。

完成した作品は本当に美しい作品です。

でも焼いたのは陶芸素人です。でも作品としては評価も高いし美しい。

僕は陶芸家のクオリティも素晴らしいと思いますし、敬意も払います。しかし、考え方や社会の変化によってクオリティ自体にも変化が起こると考えてきました。

堀江貴文さんのツイートが話題になった「開店からわずか11ヶ月…素人だらけの寿司屋がミシュランに選ばれた理由」にも繋がるかもしれません。


「クオリティってなんだ」という問いは、まだまだこれから一生考え続けなければならない命題なのだと考えています。

そして既存のクオリティが全てだと考えていることよりも、自分自身、自分だけのクオリティを見つけ出すことが重要だと思います。

それがブランド価値になると考えています。


竹鼻良文/TAKEHANAKE代表

TAKEHANAKE design studio HP

TAKEHANAKE BRAND


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竹鼻良文 / TAKEHANAKE

スペキュラティブデザイナー・建築家・アーティスト等/TAKEHANAKE代表/SHELF発起人/KURA COCOLONOオーナー/note酒場運営企画/ 受賞:LEXUS DESIGN AWARD 2017・U35建築家展・コニカミノルタソーシャルデザインアワード受賞他/主夫

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noteのストレスはnoteで発散。社会や仕事など色々なことに対して思うことをツラツラと。夜中に記事を書きます。ツイッターなどにもTLしません。
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コメント4件

大変興味深く読ませていただきました。
クオリティは、それぞれの主観・価値観が大きく関係していて難しいものなのかな…と考えさせられます。
教育産業も、理論では「これが良い」となりますが、実践ではこと人間相手ですので、「クオリティの高い授業」という理想形が存在せず、現場では日々苦労しています。
今後の記事も楽しみにしております。
コメントをいただきましてありがとうございます!クオリティは「自分自身との戦い」でもあると考えています。「これぐらいでいいか」と思ってしまえばクオリティは低いのかもしれませんし「これ以上はもう追求できる余地がない」ところまでやればクオリティは高いのかもしれません。その追求行為を他人や他作品、他企業と比べる時代は終わり、個人同士がクオリティを共有する時代なのだと思います。クオリティも多様化したと感じています。今後も記事を読んでいただけると幸いです。
ありがとうございます!
頂いたコメントにとても考えさせられました。
他者と安易に比較せず、自分自身の妥協しないクオリティの追求を行い、それを共有できる時代…というイメージにはっとさせられた思いです。
貴重な気付きをいただきました。今後とも読ませていただきます。
よろしくお願いいたします!
ありがとうございます!僕は記事内の批判者に最後に伝えたのは「この作品が欲しいや良いという人が1人でもいればあなたの批判は意味を成さない」と伝えました。今の時代のクオリティとはそういうものだと認識しています。また変化するとは思いますが。いつも記事を読んでいただき本当にありがとうございます!感謝しております。今後とも何卒よろしくお願いいたします!
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