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東京芸人逃避行 荒波タテオ ランジャタイ伊藤幸司



7月2日



ケータイが鳴り見てみるとタテオさんからだった。









『ビルから落ちて腰と足を骨折して緊急搬送されました』









荒波タテオさんは伊藤さんが行っているトークライブで仲良くなった。



鳥肌実氏の元付き人で、今はピン芸人として活動している。



外のライブではあまり会うことが無く、
会うとすればもっぱら「こうちゃんライブ」だ。


そのこうちゃんライブさえ最近は行っておらず、
全くと言って良いほど会えていないのが現状だ。






僕はその一週間前くらいに野暮用でタテオさんと連絡を取っており、
まさにこの連絡は寝耳に水だった。






出れるかどうか分からないが、僕はとりあえずタテオさんに電話をすると出てくれた。





か細い声で

「やっちまいました」

という彼の声を聴いた時、本当に死ななくて良かったと心から思った。







大して気の利いた事も言えないまま電話を切ると、伊藤さんから見舞いに行こうとの連絡があり、僕は行ける日にちを確認した。








7月8日



僕は17時半に渋谷駅に降りた。
伊藤さんと待ち合わせた時間である。

勿論その時間に伊藤さんは来ない。




約束の時間を20分程過ぎて襟元を切ったオアシスのTシャツを着た伊藤さんはやって来た。






「伊藤さん一度お見舞い行ってるんですよね」

「うん!だから場所は分かるよ!」

「中目黒でしたっけ」

「ううん!駒沢大学前駅!あれ!そうだっけ!あってるっけ!?ちょっと待って調べる!」

「…」

「あれ!無い!タケイちゃん無いよ!そんな駅無い!」

「駒沢大学駅じゃないですか。駒沢大学前駅じゃなくて」

「…」

「…」

「あ、本当だ!そう!」

「何で信じてくんないんですか」







僕らは渋谷から田園都市線に乗って駒沢大学駅に降りた。








「タケイちゃん!大学生いっぱいいるよ!」

「そうですね。やっぱり駒沢大学駅っていうくらいですしね」

「可愛いなぁ!大学行きたかったなぁ!」

「そうですね。サークルとか憧れますよね」

「タケイちゃん何サークル入りたい!?」

「僕ですか。僕は」

「テニサー良いよね!絶対テニサーでしょ!皆テニサーなんだろうなぁ!大学入ってテニサー入らない人なんていないもんね!」

「絶対そんな事無いと思いますよ」











「タケイちゃん!この公園良いよ!」

「広いですね。静かだし雰囲気良いですね」

「ここの川も良いよ!カモ一杯いて!」

「そうなんですね」

「ちょっとゴミ捨てて来ていいかなぁ!」

「早くタテオさんのとこ行きませんか」







僕らはタテオさんの入院する病院に着いた。


病室に行く途中親子とすれ違った。


とても可愛い娘さんとそのお母さんらしき人。
二人は並んで楽しそうに話しながら歩いていた。



娘さんは病気の所為なのかとても痩せており肌も白かった。


僕は健康である。ありがたいことに。胸が少しキュッとなった。余計なお世話である。






タテオさんの病室が分からなくなり伊藤さんは電話を掛けた。





「はい、もしもし」




タテオさんは目の前にいた。

伊藤さんは電話を切り、
後ろから声を掛けて驚かそうと僕らはゆっくりとタテオさんに寄った。















虚空を見つめてた。



タテオさんが人生に絶望して自殺するんじゃないかと心配した。










「何してるんですか」

「ああ、タケイさん。伊藤さんも。いや、こっから駐車場を見てました。親子連れが歩いてるのをこってり見てたんですよ。おぼろげだなぁと思って」

「頭は打ってないと聞きましたが」








僕らはタテオさんの車いすを押しながら病院内を回った。


広い病院にはファミレスや本屋、ファミリーマートまであって驚いた。





「今日はこの本屋でエロ本をチェックしてました」

「エロ本売ってるんですか」

「売ってません」

「何をチェックしてたんですか怖い」







僕らは自販機コーナーに行き、設えられたテーブル席に腰掛けて話をすることにした。




タテオさんが500円を出して「これで飲み物を」と言ってくれたので、僕は安い紙コップに入ったコーヒーを買った。

量が半分くらいしか入っておらずせっかく買ってもらったのになんだか損をした気分になった。





「量少ないね!俺特茶にしよう!ちょっと高いけどいいよね!」

「良いわけねぇだろいい加減しろよ」







僕らは飲み物を飲みながら話をした。




タテオさんは事故当日ビル清掃の仕事をしており、謝って4階の高さから落ちてしまったと言った。



その時命綱が上手く機能せずそのまま地面に頭から叩きつけられそうだった所、
ギリギリでロープを握り、そのお蔭で足から着地して両足と背骨の骨折で済んだという。



手術も無事成功し、半年程度掛かるが全快で戻って来れるという事だった。






本当に良かった。


生きていればいいと思ったが、もし後遺症が残ったりすればそれはそれで辛い事である。

不幸中の幸いと言うべきか。





話してる途中、やって来た親子連れの青年のTシャツがミスフィッツで病院に着てくるのは違うだろうと思った。






僕らはタテオさんを病室に連れて行き、病院を後にした。


タテオさんは数日後、地元に帰ってリハビリに専念するらしい。

しっかりと治ったらまた会いたい。
勿論治っていなくとも。






伊藤さんはこの後ライブだと渋谷に向かい、僕は歩いて環七へに出た。


そのままバスに乗り帰路に着いた。







生きていれば事故にも遭うだろう。
なんとか健康で生きれている内は幸せである。

病院なんて行きたくないと思った。
自分の事で行くのも嫌だし、見舞いなんかにも行きたくはない。

無縁の方が良いに超したことは無い。





明日は我が身である。




そう思いながらも帰り道にラーメンを食う自分が死に鈍感過ぎて嫌になった。





夢の一つに自分の書く文章でお金を稼げたら、 自分の書く文章がお金になったらというのがあります。