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東京芸人逃避行 ネオネッシーファンクラブ 小島あやめ




2024年2月9日。

起きて歩ける隙間を探し洗面所に向かい顔を洗う。
生きる為の狭い部屋は散れている。怠惰が可視化して見える。
心の余裕は部屋に出ると分かっていながら部屋も心もどちらも隙間を作ることが出来ずここまで散れた。

ドア前に置いてあるIKEAの真っ青な袋は衣類でパンパンである。それが2つもある。
予定がある。その前にこれを片すのだ。
意気込みバッグを持つと重い。30キロほどあるのではなかろうか。
それを近くのコインランドリーに持って行き鬼のように洗い雲のように乾かす。

洗濯乾燥機2つ分。薄着と厚着に分けて洗った。
元々少ない金は洗濯の泡と共に消えた。

洗い終え乾燥が済んだものを畳んでバッグに戻しているとコインランドリーの管理人であろう婆が来て洗ったばかりの服を許可無く持ち上げ「あら良いねぇ」と言った。
僕は洗ったばかりの服を許可無く赤の他人の婆に触られるのが嫌だと知る。
これが経験である。今経験で僕は洗ったばかりの服を許可無く赤の他人の婆に触られるのが嫌だと知った。
コレを読む君はどうだろうか。
洗ったばかりの服を許可無く赤の他人の婆に触られたらどうだろうか。
僕は嫌である。なぜならそれは経験を得たからだ。そう、どんな経験かと言うと洗ったばかりの服を許可無く赤の他人の婆に触られたという経験である。人生は経験という名の年輪で出来上がるのであれば僕という杉の木はまた一つ太く大きくなった。赤い婆が今ここに刻まれたのである。


更にこの婆は

「服を畳むときにパンッとしないでね。埃が舞うから」

と続け箒で床を掃き始めた。
大量に舞った埃は窓から差し込む陽光に反射しそれはそれはキラキラと綺麗で僕の鼻腔を刺激し、そして衣類は埃まみれになった。面白い婆である。
世田谷に住んでいる。


そうこうしていると待ち合わせの時間に近くなった。
ネオネッシーファンクラブこと川副さんと小島あやめちゃんと遊ぶ約束をしているのだ。
僕は急いで約束の中目黒に向かった。

向かっている途中川副さんからLINEが来た。

「今日何時ですっけ!」
「今日ありますっけ?」

普段から奔放な人間ではあるが、ついにアルコールと日々のレジ打ちに蝕まれ直近の予定さえも分からなくなっているのかとここで知る。

14時に中目黒だと伝えると分かりましたとの返信。
これはダメだ。あやめちゃんにもゾエは来ないと伝えないといけない。

そういえば以前あやめちゃんは川副さんと初めて会ったとき、川副さんは挨拶もそこそこにその場から逃げ出したと聞いた。
きっとあやめちゃんは自分のせいで川副さんが来たくないのだと悲しむだろう。
悲しむあやめちゃんを誰が見たいだろうか。女の子の涙など見たくない。女の子は笑っていてほしい。
でも悲しむ女の子も良い。勿論怒った女も良いのである。考えてみれば女がそもそも良いのだ。女は、良い。


しかしそんなことは今は置いとく。これから遊ぶであろう関係に暗雲は必要ないのだ。

僕は今から
「誰のせいでもない、川副はそういう奴だ、そもそも来たらラッキーだ。悲しむくらいならうどんを食おう。近くに美味い鳥天を乗せたうどん屋がある。それが嫌であれば近くを流れる川に浮いてる鴨でも見ようじゃあないか」
と言う練習をしとかなければならない。
あやめちゃんに考える隙を与えてはならない。捲し立てるのだ。口元に泡を溜めて唾を飛ばし何とかその場を収めるのだ。
今から僕の役目はあやめちゃんが自分が悪いのだと思わせないよう徹する事である。

というかなぜ僕がそこまでしないといけないのか。
おかしいのは川副ではないか。
確かに僕は今遅れている。
ということはもうこのまま「今日は無くなった」と伝え帰ろうか。
そう言えば葬送のフリーレンの新しいエピソードがネットフリックスにアップされてた。まだ見てない。良いところである。
一生終わらないナルトのアニメもついに疾風伝まで来てこれからチヨ婆とサソリの戦いが始まるところである。
借りてるA KITEのDVDもまだ手に付けていない。

そんなことを考えてるとケータイが鳴り見ると13時59分。約束の時間1分前。
「中目黒に着きました!」とのLINE。川副。
どういうつもりなのだろうか。

遅れること10分。
中目黒の改札を出るとあやめちゃんは勿論、しっかり川副さんもいた。


「すみません遅れて。川副さんあのLINEなんなんですか」
「まあまあまあ!」
「いやなんで不安にさせるんですか」
「まあまあまあ!」
「いやまあまあじゃなくて…」
「まあまあまあまあ!」
「会話したくないんすか」
「タケイさんから遅れるってLINE来たとき既に川副さんいて笑いながら酒呑んでましたよ」
「おかしいよ」


そうして合流した僕らはWaltzというカセットテープ屋へ向かった。
途中コンビニで缶チューハイを買う。
2月であるというのに気候は涼しく風もなかった。
ふと道路の向こう側に目をやると改装しているのか新たに立ち上げているのか布で中をこれでもかと頑なに見せないビルが不思議で思わず写真を撮った。


そうして歩いて10分ほど、Waltzの前に着いた。

「ちょっと中入る前にこの缶チューハイを飲み切らないかい?」
「そうですね。まあ今回は以前の銀杏BOYZのカセットみたく争奪戦に参加するわけでもないからゆっくり行きましょう」

以前、銀杏BOYZというバンドのファーストアルバムがカセットで発売されると聞き川副さんと買いに行った。
開店前に着き並ぼうと思ったら川副さんが今回のように提案。乗り、阿保面を下げて酒を飲んでいたら5分後には行列。
一瞬で売り切れて涙を飲んだ。



「あやめちゃんは酒は飲めるのかい?」
「飲めます!飲めない感じを出してましたが人に合わせて飲めるので今日はめちゃくちゃ飲む予定です!」
「うへー!こりゃあいいや!楽しくなるぞ〜!どんどん飲もう!」


改めて路上で酒を飲んでいると二人の格好が似ていることに気づく。
黒のモッズコートにカーキのモッズコート、お互いドクターマーチンを履いていた。
川副さんはドラマ版のGTOのTシャツを着、あやめちゃんはQueenのTシャツ。
昔から友達だったのではないかと思うほど睦まじいではないか。
そう思って自分の格好を見るとカーキのミリタリージャケットにドクターマーチン、ハンターハンターのキルアが描かれているTシャツと、全員が全員の合いの子みたいな格好でWaltzは一瞬でビレッジバンガード中目黒店になった。



「あ、そう言えばあやめちゃんに川副Tシャツ持って来たよ、はい」
「ありがとうございます!嬉しい!」
「渡したことをSNSでも発信したいので写真撮っても良いかな」
「勿論です!」
「ほいだらあやめちゃん一緒に撮ろう!ボブディランが女の子と撮ってる好きな写真があるんだけど、そのポーズで撮ろう!」
「分かりました!」


BOB DYLAN (ボブ・ディラン) (LP 180g重量盤) タイトル名:THE FREEWHEELIN' -MONO EDITION-


「川副さんが女の子側なんですか」


「ほいだらあやめちゃん着ておくれよ!」
「良いですね、女の子が着てるところも見たいです」
「分かりました!」



「やはり女の子が着ると良いで…いや川副さんはあやめちゃんの服着なくて良いです」


「あやめちゃん、今日着てる赤いカーディガン上から羽織ってみてよ!その感じ見たいよ!」
「確かに良さそうですね」
「分かりました!」



「やっぱり良い感じで…川副さん見たいんじゃないんですかどこ行くんですか」


ややあって酒を飲み干しWaltzに入る。
僕は川副さんと何度か来たことあるがあやめちゃんは初めてだと言い、Waltzの看板の写真を撮っていた。

「せっかくだから思い出に撮っとこう。パシャ」
「タケイ君、盗撮は良くないよ」
「盗撮言うのやめて」


川副さんは決断するのが早い。
ゆっくり見ている僕らを横目にさっさと買うものを決め支払いしすぐに外に出た。

僕はこの日クラッシュのロンドンコーリングかスミスのテープを買いたかったがどちらもなく、
以前に来て買わなかったキュアと、ビョークのテープを買った。
嬉しい。これがカセット棚にあるという事実だけでホクホクする。



「タケイさんは何買ったんですか?」
「僕はこれ、キュアとビョークだよ」
「わ!凄い!文化買いじゃないですか!」
「なにそれ?」
「文化服装学院入りたての人の買い方という意味です!」
「それやめて」


あやめちゃんはダンスをやっており、その時の思い入れのある曲が入ったテープを買っていた。

缶チューハイの残りを飲みながら路上に立ち止まりあやめちゃんの買ったテープを川副さんのウォークマンで回しながら聴いた。



「あ、川副さん。目の前のカラーコーン、とてもカラフルで可愛らしいですよ。さすが中目黒はこういうとこにも遊び心があってオシャレですね。せっかくなので記念写真を撮りましょう」



「タケイ君!おいらが撮ってやるから向こう行きなよ!タケイ君もあやめちゃんと撮った方が良いよ!」
「本当ですか、ありがとうございます」
「パシャ」


「川副さん絶対撮るの早いです」



僕は腹が減ったと駄々をこね二人をサイゼリヤに無理矢理入れた。
しかしこの辺りから更にブチ込んだワインがキマり何を話したかほぼ覚えていない。
気付いたらテーブルの上は食ったもので散乱していた。


店を出た僕はカラオケに行きたかった。

「川副さん、あやめちゃん、カラオケに行きませんか。2時間で良いんです」
「オイラは良いけどあやめちゃんはどうだい?」
「良いですよ!行きましょう!ただ私いつも歌わず聴く側なんですが良いですか?」
「出来ればせっかくだし歌って欲しいけどなぁ」
「まあ歌いたかったら歌うって感じで!」


「じゃあオイラはこれを歌おうかな!」



『死っにたいっ!朝まだ目覚ましかけてっっ‼︎』
「凄い歌うじゃない」


僕らは2時間みっちり歌いカラオケを後にした。
京王線ユーザーの僕らは渋谷まで歩くことにした。

代官山を下り、もう少しで渋谷駅だというところであやめちゃんが急に声を上げ一人の男性のところへ駆け寄った。
その方はバラエティでとてもお世話になった作家の方だと言う。

「おお、あやめちゃんやないか!何しとんねん!」
「今この方々と遊んでて!それでたまたま見かけたので声かけてしまいました!」
「かめへんかめへん!なんや、ちょっと飲み行くか!君らもどうや!」


僕らは誘われるがまま一緒に居酒屋に入りテーブルを囲んだ。

「あやめちゃん最近どうや!」
「最近コントを作ってやってて、それでコントについて色々聞きたくて連絡したかったんですが中々聞く勇気が無くて…」
「全然やであやめちゃん!そんなもんいくらでも相談せぇや!」
「本当ですか!ありがたいです!是非させてください!」

「ほんで君らは何や?友達かいな!」
「お二人とも芸人さんなんです!今日一緒に遊んでもらってたんです!」
「あ、初めまして。KINSEIというコンビを組んでます、タケイと申します」
「KINSEI、知らん!事務所どこや!」
「ライジングアップという…」
「おお、マッハスピード豪速球と一緒やんけ!ほんで君は!」
「ネオネッシーファンクラブです!」
「ネオ…何?」
「ネオネッシーファンクラブです!」
「それは何や?コンビ名かいな?」
「いえ、芸名です!」
「ピンなんか?ピンでネオネッシーファンクラブなんか?」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「…おもろい!おもろいやないか!ピンなのにファンクラブなんやろ?おもろい!自分おもろいで!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「おもろい!ええ名前や!」

「ほんでタケイ君?君はどうなりたいんや?」
「僕はみうらじゅん先生みたいになりたいです。あの方みたく影響力があるような存在に…」
「無理や!それは無理やで!あの方は凄い人や!あの方は価値の無いものに価値を付けそれを発信する力のある人や!そんな簡単に言うよな人やないでタケイ君!」
「…」

「ほんで君は!君は何になりたいんや!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「おもろい!ピンなのにファンクラブ!その発想はなかったわ!良い芸名や!」
「ウルトラマンセブン好きですか!」
「何や急に!好きや!」
「メガネが似てるなと思って!」
「フレーム赤いだけや!しかしセブンは素晴らしい!最近シン・ウルトラマンやったやろ、でもセブンはやらん!何でやと思う!それはもうセブンは完成されてるからや!庵野秀明もウルトラマン好きやからそのリスペクトがあって素晴らしかったな!君もそう思うやろ!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「うん、そう、ネオネッシーファンクラブや、おもろい芸名や!」
「そのシャツは高いんですか!」
「何や急に!そないなことないで!別に普通や!」
「いくらくらいなんですか!」
「何でや!1万くらいや!ほんで君はなんでそんな芸名なんや!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「…うん、そう。ほんで。何でその芸名やねん」
「ネッシーが好きだからです!」
「何やそれ、なんかあらへんのか理由とか!おもろい芸名なんやからなんか理由があるんとちゃうんか!好きなだけか!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「それはなんや!何やネオネッシーファンクラブて!何や君は!なんか理由があるかと思えば好きだからって、何でも良いから理由を付けな!」
「ネオネッシーファンクラブ!」
「やかましい!」
「(地獄だ)」


小一時間ほど呑み、店を出た。颯爽と渋谷に消えていくその方を僕らは見送った。
とても力のある方で楽しかった。中々ある経験ではないと思う。

「タケイさん〜、川副さん〜、すみません〜、気まずかったですよね…」
「いやそんなことなかったよ。中々あることじゃないし、とても楽しく飲めたよ」
「タケイ君、俺大丈夫だったかな?」
「何言ってんの全然大丈夫じゃなかったよ」
「ひぇぇ〜!何がダメだったのか教えてくれ〜!」
「全部です」


終電も近くなった僕らはそのまま駅に向かい各々の最寄りに向かった。
改札を出ようとパスモをタッチすると阻まれチャージするにも金が無かった。楽しさの代償に金を散らした。
身体を弄りバッグをひっくり返すと金色の龍が型押しされた赤い封筒が出てきて中を見ると千円札が3枚入っていた。
以前川副Tシャツを売った際支払いで受け取ったものだった。
それをパスモにチャージし何とか外に出れた。

思い出にと3人で撮った写真は良い感じになるのではとカーブミラーに映ったところを写真に収めたがフラッシュのせいで全く上手く撮れていなかった。
こういうことやシャンプーの詰め替えが上手くできないという一つ一つの小さな失敗で生きることに不慣れだと感じ、それでも何とか東京に住んでいる。
飲み干したアルコールはトイレに吐いた。
着ていた服はそのまま脱ぎ散らかしまた部屋に隙間は無くなった。
楽しく日を過ごした後は何か悪いことをした気がして無意味に虚無が襲ってくるのはいつものことである。

明日もまた、芸での収入が無い僕は身の回りにあるものを売り捌き何とか暮らしを濁さなければならないと目を瞑り布団に突っ伏した。






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