とけないアイス [やきとりキング小説vol.1]

 ビールを買いにコンビニへ出かけようと玄関で靴を履いていると娘が廊下を駆けてきた。
「パパ、わたし付き合ってあげるよ」
「いいよ寒いから。パパ一人で行ってくる」
 娘の顔が曇った。
「やだああ!一緒にいく!一緒にいく!」
 案の定ぐずった。こういなると手に負えない。いつもたしなめに来る妻が黙ってる。なるほどそういう事か。
「わかった、わかった。ちゃんと自分で歩くかい。パパ疲れてるから抱っこはしないからね」
「うん」と頷くといそいそとプリキュアがプリントされた小さな靴を出して、慣れない手つきで小さな足を押し込んだ。
 夕方五時なのに外はすっかり暗くなっていた。北風が強めに吹く中、小さな手を握って、小さな歩幅に合わせて歩いたから、体はすっかり冷たくなった。「子供は風の子」とはよく言ったもので、娘はケロッとしていた。

 コンビニでビールのロング缶を数本カゴに入れていると、目を離した隙に娘はアイスの冷凍庫の前にいた。こいつ、これが目的だったんだな。
「こんな寒い時にアイスなんてやめようよ。お腹冷えちゃうよ」
「寒い時に食べるアイスが美味しいの」
 ガラス越しにライトで照らされたオレンジ色のテントが見えた。
「パパはあっちの方がいいな」
「やだ!アイス!」
「焼鳥がいいよ」
「じゃあ…」
 娘が「じゃあ」と言った時は決まって理不尽な取引が始まる。僕はそれを待った。
「じゃあ、アイス買ってくれたらいいよ」
 思わず吹き出しそうになった。どっちにしてもお金を払うのは僕なんだから。
「わかった、わかった。でも約束だよ。ご飯をちゃんと食べてからアイスね」
「指切り!」
 小指と小指を引っ掛けて「指切りげんまん」をした。

 ゆーびきーりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます!

 買い物を済ませコンビニを出ると北風がさらに強くなっていた。そんな中、焼鳥屋のあかりは焚火のように暖かな光を放っていてそこに引き付けられるように人が集まっていた。さっきまでアイスをねだっていた娘が小走りで店に向かっていった。「えーっと、つくねとー、からあげとー」と注文し始めた。おいおいまったく現金なやつだな。お店の人は娘をニコニコと接客してくれていた。
「パパ、聞いてるの?つくねとー、からあげとー、ハムカツ!」
「はいはい、仰せの通りー」

 焼鳥屋での買い物を終えて、また小さな手を引きながら小さな歩幅で帰り道を歩いた。
「ねえ、アイス食べていい?」
「ダメ。約束したでしょ。ごはん食べてから」
「アイス溶けちゃうよ」
「今日は寒いから大丈夫だよ。それに甘いもの食べたら夕ご飯食べられなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ」
「だーめっ」
「ふーん」
 そう言って娘は黙ってしまった。
 コンビニの袋は僕が持って、焼鳥の袋は娘が抱えていた。焼鳥屋のお兄さんに「これ(焼鳥の包み)を持ちたい人!」というのにまんまと引っかかって「はーい」と言ったからだ。初めは左手にぶら下げていたけど、いつの間にか大事そうに胸に抱えていた。
 
「パパ、抱っこ」
 足取りが行き道よりのろいと思ったらこうきたか。
「抱っこはしないって約束したでしょ」
「…」
 娘の足が止まった。つないだ手を引っ張っても動かない。
「アイス我慢するから、抱っこして」
 子供ってついさっきまではしゃぎ回っていたのに急に電池が切れたように大人しくなる。案の定娘の顔を見たら疲れた顔をしていた。
「ふう。(ダメだこりゃ)」
 だだをこねる娘を「よいしょ」と抱え上げた。彼女は僕の首に手を回して密着してきた。体重が体にのしかかった。随分重くなったものだ。
「アイスはお風呂の後ね」
 そう言ったけど反応が無かった。耳元でスースーと寝息が聞こえた。温めなおしてもらった焼鳥が胸のあたりでポカポカと温かくて気持ち良い。そうか。だからこいつは大切そうに抱きかかえていたんだな。
 家までの道のりはまだ半分。眠って脱力しているので重いったらありゃしない。「よいしょ」と、もう一度小さな身体を抱えなおした。約束をことごとく破るどこかのだだっ子の体温のおかげで幾分寒さがやわらいだ。気持ちよさそうに寝ている彼女を起こさないように、ゆっくりゆっくり歩いた。
「嘘ついたら針千本飲ますって約束したんだけどなあ」 

ハムカツ(120円)


からあげ(180円/100g)


つくね(90円)

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