「親亡き後をぶっ壊せ」その1

2018年05月04日 久保田翠ブログ「あなたのありのままがいい」から

障害者の世界ではよく「親亡き後」と言うことばが使われます。
「親亡き後どうするか?」
は親の果てしないテーマです。
つまり、親が障害の子供の援助をできなくなった時、「この子はどうなるのだろう?」という不安や、「そうなっても大丈夫なようにしていく」といった決意など、親にとってはかなり重い言葉として捉えられています。

私はこの言葉が嫌いです。

まず、親亡き後に「困るだろう」と思っているのは誰なのか?
これは本人ではないと思うのです。
困っているのは親です。
「親が居なくなったらこの子は不幸になる。」や、「親が彼、彼女たちにとって最高の援護者である」というのが前提のような気がします。
だから「我々がいなくなったらこの子は困るだろう。だからなんとかしなきゃ」と。
これは「親の都合」のような気がします。

しかし、はたして、障害の子どもたちは親にそれほど期待しているでしょうか?
20歳をはるかに過ぎた大人の障害者たちが、親に庇護されていることを本当に幸せだと思っているのだろうか?
親と生活したい、親と暮らすのがいいと思っているだろうか?

もちろんたけしに聞いたところで(たけしは重度の知的障害者で言葉を発することも身辺自立もできません)、答えなんか返ってきませんが、しかし私は22年間の生活の中で、ここ2~3年、必ずしもたけしが私と居ることをそれほど「楽しい」とは思っていないことがわかるようになりました。
つまり、普通の子どもと同じように、20歳も過ぎていつまでも、親と一緒にいたって、うっとうしいだけの存在なのだろうと感じているのです。
そしてこの彼の、まるで普通の思春期の青年のような拒絶は、私にとってはうれしいものでした。
重度の障害者であっても感情はちゃんと成長しているのです。
いつまでも子供ではない!ということです。

しかし、この話は実はもっと複雑だと感じています。
というのも、親自身も、20歳を過ぎた大人の彼らと一緒に生活したいとは思っていないという事実があると思うのです。
親だって飽き飽きしているのです。
早くここから開放されたいと、本音のところでは思っている。
しかし、他に看てもらえるところが圧倒的にない!
そして、親自身の「人様に面倒をおかけするなんて申し訳無い」と言う社会に対する忖度が根強くあるのです。

だからここから開放されないのです。
それは望んではいけないことのようでもあり、だから、「私たち親が我慢すれば」「私たちが頑張れば」なんとかなると、親たちはずっと考えてきたのだと思います。
そしていよいよ、彼らを見れなくなった後、「どうすればいいのか・・」とある意味絶望感も感じながら、右往左往している・・。
それが現実です。

親である私だって同じようなものです。
しかし、つくづく考えてしまいます。

まず、親である私の人権はどこにいったのか?
障害者の親は一生、子供の面倒を見なければいけないのか。
それが障害者である彼らが望んでいることなのではなく、しかたがないからなのではないか。
そして、少なくとも私は、障害者の親であっても自分の人生を生きたいと思っていますが、それが奪われていると言えるのではないか・・。

たけしが生まれて障害がはっきりした時に、私は仕方なく仕事をやめました。
眼の前にたけしがいて、この子を育てていかなければいけなくなった時、「母親だから」仕事をやめてでも育てるしかない。と決断しました。
しかしその時に、「母親は子どもを育てるものだ」といった、固定概念が私にもあったと思います。
その時に「父はお金を稼ぎ、母は子育て」と言う役割分担が当たり前にあり、私もそれに疑いを持たなかった。
もちろん、仕事を続けられるだけの社会的資源(現在の放課後等デイサービスみたいなサービス)があったら、私は仕事をやめなかったと思いますが、それ以前に、ジェンダー的な役割分担が明白でした。

それから私は「母親」と言う役割を結構真面目にやってきたつもりです。それなりに楽しく、得ることもたくさんありました。しかし、なんというのか、母親は(障害の子供関係なく)、社会的な地位が低い。
「女がやって当たり前だろ」と言う、まるで人を人としてみていないような扱いを受けることが多々あります。母親(実は女)が、家族のためにかしずくのが義務のような感覚はまだまだある。
そしてそれは男性にだけではなく、同性である女性にも根強くある。

そしてこれが、障害者の自立を遅らせ、家族介護に縛り付けている原因ではないかと思えてきたのです。

もし、母親の人権、父親の人権、親の人権、子供の人権、障害者の人権がしっかり守られる風土があれば、20歳も過ぎた障害者をいつまでも親が倒れるまで面倒見なければいけないなんていう社会システムにはならなかったはずです。
そして、「親亡き後」なんていう、悲しいことばも生まれてこなかったでしょう。


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