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【研究会参加者から】グループホームすてっぷ・大橋さん

2019年8月8日に開催された「たけしと生活研究会トークイベント#2」にご参加頂いた、大橋さん(社会福祉法人ひかりの園・浜松協働学舎)から感想をいただきました!

2019年8月11日

施設での暮らしか、一人暮らしかという2項対立を超えていきたい。たけしくんという、ひとりの若者にとって、どんな暮らしが楽しいかを福祉、文化、障害、アートという枠を超え、どんなふうに編んでいけるのかという挑戦。レッツのこうした試みには刺激を受けるし、賛同する。「応援」という何か上から目線の感覚よりむしろ、自分ごととして。自分たちごととして。

今回は「福祉」という枠からはみ出たレッツらしい企画。中田一会さん。トークテーマは「家を継ぎ接ぐ」。祖父母の残された千葉の家に、東京から移住することになった中田さんの記録をもとにしたお話し。中田さんは幼い頃から記録することへの「癖」のようなものがあったとのことで、その家での試みでの心境が淡々と、しかし豊かに「記録」されていた。引っ越す前後の心境、物に溢れかえったその家に、少しずつ手を入れ、祖父母の家が、自分の家、「巣」になっていく過程。

中田さん、普段は「広報」の仕事を携わられてる方だそう。これはただの「記録」であって、「新しいライフスタルの提案!」のようなものではないと仰ってはいたが、そんな「伝えることのプロ」という職能がでてしまうのか、たしかに中田さん個人の「アーカイブ」であるはずの情報に、なぜだか心が揺さぶれ、そんな個人的な記録を入口に、「普遍性」みたいなこともつい考えてしまう。「家ってなんだろう」とか。「家族ってなんだろう」とか。。

終わってから僕は「知恵熱でそう。。」を繰り返した。プロってすごい。狙ってるのか、意識しないでも出てしまっているのか分からないけど。

カテゴライズすることに大した意味はないのだろうけど、中田さんの「家を継ぎ接ぐ」は僕にはアート、ひとつの「表現」のように感じられた。(アートは全然分からないけど)

心が揺さぶられる、動かされる感覚があった。あれから数日まだ熱冷めず、こんなことを長々書いている。

福祉畑の僕にはすごく貴重な機会だった。行ってよかった。レッツも中田さんもありがとう。一緒に行ってくれたよき同僚たちも。

僕にも、何か心動かされると、記録とまではいかないけど、熱を帯びたまま書いておきたい、書くことで自分の熱を整理したり、放熱したいという「癖」がある。絶対長文になるし、(もはやこの時点で長い…)、誰も読んではくれまいが、それこそ自分のための「記録」として、いつくか思いついたことを書き留めておきたい。お盆で連休の間にできたら読んでほしい。

僕たちはグループ「ホーム」であったり、入所施設だったり、所謂「暮らしの場」を運営している。でも、恥ずかしい話し、暮らしの場に携わっていながら、あまり「家」や「暮らし」「文化」について考えたことがなかった気がする。もちろんゼロではなくて、住まいの場としてグループホームを作ったり、作ってからはそこでどんな生活を作っていくか、ハード面、ソフト面、それぞれにそれなりに考えてはきた。

でも、すごくシンプルな、でも深淵な問いについて無意識に目を逸らしていた気がする。

「利用者さんにとってグループホームや施設は家になり得るのか?」という問い。

施設への入居か、一人暮らしかという2項対立で考える必要はないし個別の事情もある。一概には言えない。だけど、一度この問いについては考えてみたい。「家」ってなんだろう?戻る実家のある利用者さんは「家」とはやはり実家のイメージが強いかも知れない。でも、もう帰る家や家族がない利用者さんもいる。そんな方たちにとってグループホームや施設は「家」になり得ているのだろうか?

トークイベントのあと、中田さんと少しお話しできた時間があった。その時、何気なく中田さんがふと口にされた言葉にハッとした。緊張していたので文脈は覚えていないけど。。

「ブリコラージュ。。」

(身の回りのあり合わせのもので、生活に必要なものを仕立てていく所作。最初からある道具を使って効率的に目標を達成しようとする合理主義とは反対の立場に近い。野生的な思考と紹介されることも。人間元来の能力にも思える。器用仕事とも訳されるが、今回は物質的な意味合いより広い意味で。)

!!!

何だか妙に納得。結論めいたことを言うつもりはないけど、施設か家かどうかの議論より、住む人にとってブリコラージュできる場かどうかという議論のほうが大事かも知れない。障害が重たい人にはそんな能力ないでしょ?というバカバカしい議論はとばす。そんなのあるに決まってる。自分の暮らす場を、自分の住みやすいように工夫していくというのは言葉がなくてもできるし、身体が不自由でもできる。(例えば支援者が手足となって?この議論はまた別に)人間本来の能力だと思う。これを環境に対して発揮できることは「権利」のようにも思う。

少し本題から逸れるかも知れませんが、もう十分逸れていると思うので最後に少し。

中田さんと、それから前回のゲスト中村さんと共通のキーワードだったように思える「記録」。僕ら福祉の世界だとすぐに「ケース記録」や「アセスメント」を連想するかも知れませんが、少し違って。記憶とか、心情とか、日記とか、写真とか、音楽とか、においとかまでも含めて。

今回の中田さんの日常の「記録」をインターネットや本という媒介で公にする試み。

ある意味では、社会を変えようという「運動」や「実践」より、個人の生活に根付いた、あくまで個人的な営みの「記録」(アーカイブ)の方が、人の心を揺さぶり、確かな変化を起こすという一面があることを実感しました。「記録の力」も一度話し合ってみたいテーマです。

最後に宣伝。僕らグループホームの定期イベント哲学カフェ方式の「カタルニオチル」。次回9月はちょうど僕がお題決めの当番。「記憶」もいいけど、やっぱりこのテーマで。

「施設やグループホーム、病室は家になり得るのか?」

2項対立を超えるような議論が生まれることも生まれないことも期待して開催します。また日時が決まったらご案内するので是非!ひとりもいないかも知れないけど、この長文感想を最後まで読み切った奇特な方は必ず参加して下さい!お待しています! 大橋

哲学カフェ「カタルニオチル」はこちらのページでチェック!https://www.facebook.com/profile.php?id=100030948578158

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たけしと生活研究会

重度の知的障害のある「たけし」さんは現在23 歳。「たけしと生活研究会」では様々なゲストとともに「生活」「暮らし」を考えていきます。ともに住む、ケアだけではない関係性など、重度知的障害のあるたけしさんの生活を考えることは、私たち自身の暮らし方、生活を考える機会でもあります。

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