薬物と映画

このテーマについては、実は結構前から書きたかったことなのよ。
私は2015年夏頃から中南米出身の人と交際してました。付き合い始めて結構直ぐの頃に、「10代からドラッグをやっていた」と唐突に言われ、かなりびっくりした。そんな人初めて見たし、それアンタ結構やばいんじゃないのと思って、直ぐにドラッグ関連の動画とか本を調べたわね。
出会った当時は服用していなかったと思われ、その後2年に亘り彼はクリーンだったと信じているが、まあ結局…古巣に戻っちゃって、また使い始めちゃった。あはは。
女装のスパースター、ルポールがよく言う「自分を愛せないなら、他の人なんか愛せないわよ」という言葉を、彼にぶつけられたこともあったけど全て終わった今、私の方があんたに言ってやるべきだったと思うわ。
その言葉は、皮肉にも、その言葉が全く届かない人を描写するためにあるんじゃないかって今は思うわ。

まあそんな、私の中で封じられている呪いはいいとして、ドラッグの問題は世界中で話題になっているわね。当然、映画にも出て来てしまう。

Youtubeで観た動画を信用する限り、アメリカ合衆国は南北戦争の痛み止めとしてヘロインが導入されて以降、色々な形のドラッグ汚染を経験したみたい。アヘン、大麻、LSD、コカイン…

私は映画が好きなので、映画の中でドラッグがどう出てくるかということをこの3年程注意して見て来たの。色んなことが分かるのよ。

日本:日本と言えば覚せい剤ね。『はだしのゲン』のムスビが覚せい剤中毒になったり、長谷川町子の漫画『似た者一家』で子供達がヒロポン飲んでしまったり、日本は、昭和中期まではかなりのドラッグ大国だったと思われる。木下恵介映画「破れ太鼓」では、医大生の青年が母親に「元気になるから」と言って明らかにヒロポンを注射しており、母親も嬉しそうにしている衝撃のシーンがある。映画等に覚せい剤しか出て来ないのだとしたら、日本は、薬物のグローバル化の波に乗っていなかった時期が長いということではあるまいか。まだ調査してないけど、暴力団と覚せい剤の関係は映画でかなり取りあげられているはず。最近、ピエール瀧(わたしあんまり知らないんだけどさこの人)がコカインで逮捕されたけど、そのニュースで何て言ってた?外国人グループから購入したと警察は見てると言ってた。表向き、或いは実際もそうなのかは判断できないけど、「日本人による販売ルート」がまだできていない可能性がある。
最近、運び屋としてお腹にコカイン隠した日本人がメキシコ発の航空機の中で、多分コカイン容器が破裂して中毒で死んだけど、あれはどういう意味かな。一人見つかったということは、もっといるでしょう。初めてでもないでしょうし。
というわけで、日本はこれから経済の没落と歩調を合わせるように、海外のドラッグ市場に飲まれていくのではないかと思っている。実は日本映画は、今年に入ってから意識的に見始めたため、ドラッグが映画の中でどう出て来るのか、感じを掴めていないの。最近の作品では「恋人たち」(2015年)位しか確認できていない。所謂任侠映画を見たらもうちょっと分かるのかもしれないんだけど…

コロンビア:コロンビア映画自体がほとんど日本に来ないのだが「そして、ひと粒のひかり」(2004年)1本で充分でしょう。「バリー・シール/アメリカをはめた男」というハリウッド映画(2017年)にある通り、コロンビアは70年代にコカインギャングが大きく成長した国(その背景には、中米の反共ゲリラを訓練するというアメリカの中米政策があった)。80年代はレーガン政権が「麻薬戦争」を宣言して潰しにかかるというかなり厳しい状況を経験した国ね(誰のせいでギャングが成長したのかともはやハリウッド映画は自問しない)。ギャングは潰され、コカインのルートは後述のメキシコに移動する。今や生花の輸出が有名だが、「そして、ひと粒のひかり」では、貧しさから脱出するために、田舎の少女がコカインの運び屋をやることになる。コロンビアからニューヨークに飛び、色々怖い目に遭いながら、自分の人生を考える青春映画として美しい一方、背景にある社会状況の危なさは痛々しかった。

EU:私の人生ベスト映画「皆はこう呼んだ「鋼鉄ジーグ」」(イタリア)と「ありがとう、トニ・エルドマン」(ドイツ)は、同じく2016年の映画だけど、実はコカインと経済格差という2点でこの映画は分かちがたいの。イタリアでは、しがないちんぴらおじさんがコカインの受け渡しに失敗して死にかけるのだが、そのコカインが売りさばかれた先はどこなのか。お金のあるところにコカインは集まるのだ。つまり、EUという枠組みで見れば、ドイツにコカインが行く。「トニ・エルドマン」では、エリートコンサルタントの女性とその同僚たちが、パーティ会場の外でコカインをキメる。彼女はルーマニアででっかい仕事を取ろうとしているのだが、ルーマニア人は、色んな言語が話せるグローバリストは皆ルーマニアを棄てていくから嫌いだと言われちゃう(もちろん彼女にとっては大した意味の無い台詞)。コカインを通じて明暗がはっきり出ている。「皆はこう呼んだ」ではダメ押しで、ちんぴらおじさんの台詞として「(社会や経済の)壊し屋はドイツ人だろうが」と吐き捨てさせている(ルーマニアと言えば、ドラッグではないけど、「ゴッズ・オウン・カントリー」(2017年)では、ルーマニアから何かあって逃げ出してきたゲイの青年が、イギリスの農村まで働きに来ている。イギリスの農村経済は、もはやこうした移民無しには成り立たないということも分かるのね)。

さて、今日はここまでよ。ドラッグ大国であるアメリカではどうなっているかしら。来週をお楽しみに。

未調査の韓国、中国、台湾ではどうかしら。アジアは基本的にドラッグに厳しいので、直ぐ死刑にされるわね。フィリピンでは激烈な戦争が始まっているみたい。
大麻をどう考えるか…は今世界が割れている状態でしょうね。健康被害がある・無いという2つの意見が併存している所を見ると、健康に影響が無ければ何でもいいだろう、という点では意見が一致しているのかもしれない。私はよく分からない。大麻よりアルコールの方が人を殺しているかもしれないけど、大麻がアルコール並みに消費されることをよしとする社会…つまり自由の象徴としての大麻を求める社会…頭がぼーっとなったままの社会は、結局、去年の私のように、酩酊状態の中に逃げたい人が沢山いる社会なんでしょう。その社会は、ドラッグの可否以前に健康なのかしらね。

さよ・おなら。

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