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竹美映画評⑥私の目にはもはやインド映画に見えない…「大地のうた」("Pather Panchali"、インド、1955年)

彼氏のお薦めにより、彼の故郷の地であるベンガル映画の代表作であり、「インド映画」の一つの極をなす「芸術映画」の傑作、「大地のうた」をようやく見ました。

貧しい農村の一家が色々な事件を経て遠くに移り住むのを決意するまでを描いた映画よ。少年オプーの目がきれいすぎることと、姉の人生のはかなさ(やっぱり男の子の方が優遇されている感じはする)、「夫がちょっとダメ男で女が家計のやりくりを心配をしてしんどい顔になる」という(インドに限らないんだけど)インド映画でよく見るやつ、したたかな老婆の生き様、「誰だって「いいこと」したいときがある」という描写、何も救いはしないコミュニティの無力さ、など…実はほとんどお話が動かない映画なのに最後まで飽きさせない不思議な魅力がありました。でも同時期の日本映画の大半が似た感じだったんじゃないかしらね…イタリア映画「道」とかね。どうやら監督のサタジット・レイはヨーロッパ映画の影響を受けているようなんだけど、私がフランス映画分かんないから何とも言えないわね。

本作で一番注目すべきキャラは、したたかな老婆よ。生き様・死にざまがすごいの。主人公少年の家に、夫の年老いた姉が同居してるんだけど、妻は彼女が疎ましいわけ。でも姉老婆ったら強かにも、ボケた振りしてしらばっくれてもの喰ってたり、「出ていく」と言ったら別の親戚の家でご厄介になってブラケットまで新調してたりするの。あのゆっくりした歩みも全部演技じゃねえかと思えてくる。とんでもねえ老婆だ。彼女のシーンだけは極めて滑稽。そして自分の死期を悟って静かに入滅。嗚呼、我が人生に悔いなし。そして老人達もまあ何と強かなこと。

そして、「人のいい男って結局さぁ…」な描き方も◎。父親は知識階級で、何やら儀式で言葉を書き記すようなことでお金をもらえるスキルがあるにもかかわらず、おっとりしてて、泰然自若としてちっとも動かない。近所の地主の家で会計の仕事をもらったと言っても、給料滞納されても文句言わない。彼自身はいい人だよ。でも奥さん…大変ですよ…顔のしわも増えますよ…「私が近所で井戸端会議なんかできると思ってるの!?」と怒る。何せ、地主からお金借りて返せてないという肩身の狭さよ…お父さんのお父さんは、地主に借金の方に果樹園取られているからもう筋金入りよ。「知識階層はお金に汲々としたらいかん」とでも思っちゃってるのね。別の最近のインド映画「Aashiqui 2(愛するがゆえに)」のヒロイン・アロイーのパパと全く同じ。人がいいので無料で仕事しちまって、お母さんが仕方なくアクセサリーを質に入れるっていう…んでアロイーは若いのに地方のバーで巡業する流しの歌手をやる…

あれね、「舌切り雀」のおじいさんとおばあさんですね。あれってアニメ「日本むかし話」を見ると、じじいは優しい顔、ばばあはきっつい顔で描かれているけどさ…あれさ、婆さんは爺さんの優しいところに心底惚れてんだよ…でもな、じじいが結局その年齢になっても変わってくれなかったことで疲れちまったんだよ…でも惚れてんだ…泣かせるじゃないか…その挙句、リアリストババァは、家事を邪魔されてキレちまって小さい生き物に手ぇ上げちまって、大きいつづらを選んで少しでも生活したいって思ったんだよ…

オプー・パパもふらっと出張に行って数年帰って来なかったり。優しい人だし暴力は振るわないし酒も飲まないし…確かに仕事が入ったら金は入れてくれるんだけどさ。。。だがね、そのちょっとダメな父も、ラストシーンで見事にしっぺ返し喰らって…人生は痛いね…

で、DVDには淀川先生の解説がついていたんだけどね、やっぱり1960年頃とか80年代の感覚でこの映画を語るとね「蜘蛛だの蛇だの」に何か意味があるんじゃないかって考えたと思うの。だって当時のインドよ。日本人から見てもオリエンタリズム感じる。でも今観ると私には「そういうの使うのはあんま意味ないと思う」と思える。却ってヨーロッパとかの影響なんじゃ。それは昨年秋に「ムトゥ 踊るマハラジャ」にようやく達した私のインド映画リテラシーが上がってきたという思い上がりのせいかしら。

「芸術映画」というから退屈して寝ちゃったらどうしよう…と思ったら全く飽きさせず、言い出しっぺの彼氏の方が寝息をたてはじめたので、本作を見たあとに連続でラジニカーント映画「パダヤッパ」を見ました。これがまたすごかった…でも両方共にインドの振れ幅の大きさでもあるね。「大地のうた」で意地悪こいてた地主の奥さんが最後、引っ越しを目前にした家族の前に来て、「これ、持っておいきよ」と落ちた果物を沢山持ってきてくれるところがよかった。「こんな狭いとこにいたらあたしみたいな心の狭い人間になっちまうよ」って言った後自分でも打ち消すように首を振る。このおばはんも、色々大変なんだろうなぁ…その一方テケトーなこと言って引っ越しを引き留めようとする村の長老たちの使えなさwちょっと笑う。「結局何もできはしないじゃないか」と一蹴される。そして都会へ出ていく一家…

何かどういう意味があるのかって言われたらさっぱり分からない映画だけど、普通に楽しめますので「芸術映画ぁ?あたいはボリウッドダンスとテルグ鉈振りかざし映画だけで充分だよ」という方にもオヌヌメです。

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