図書館の問題、現状のままなら単なる搾取。

 図書館の記事みると、いつも大抵同じパターンだな…と残念に思いますね。この記事を見て

ヤッパリな、としか思わなかったし。

 ただし、元職としてあえて厳しく言うと

今の仕事内容だと価値創造は難しい

ことでもある。あくまで公共・学校の両方での経験がある身として言わせてもらうと共通項があると思うので。

 それは、

基本的に図書館は予算削減の対象でしかない

という厳しい現実がある。そしてそれはなぜかというと、

現状の仕事内容だと、誰でもできるレベル

だからです。

 これは、いちスタッフから運営レベルまで経験がある私だから言えることで、仮に私が経験した環境のままであるならば、間違いなく言えること。個人的にはこれを司書を夢見る皆さんのためにも、改善していこうとしたんですが…挫折しましたからね。(苦笑)

 私が見るに、要するに減らされていく予算の中でどうやってやりくりしていってもらうのか、が命題であってほとんどの場合、

委託という形で予算削減が主題

になっているにすぎません。

 ただし、公平に見て司書側にも問題はある。それが

現状の仕事内容である限り、給与水準はそんなもの

ということ。これは現役中に私が危機感としてずっと持ち続けていたことだから。あの内容では、司書としての価値をアピールすることにはつながらないからです。

 私が両方から嫌われるであろう内容を展開するのも、単にことは

どちらが悪いか

ではないからです。要するに構造的な問題であり、図書館の存在意義も世の中の変化によって変わっているから。ハッキリ言って、

昔ほどの価値を持ってない

ですよ、現状のままならね。

 ネットやスマホという便利な機器がある以上、そこで著作権切れの作品などは読もうと思えば読める。スマホといった媒体で最短距離に利用できる位置にいるかどうか、が重要。なのにこういうところに全くアプローチしてないといえる。これでは、利用している以外の人たちを取り込むことにはつながらない。

 大事なことは、既存の利用者をひきつけつつ新規の利用者(特に若年層)の開拓をすることで世代交代を果たしていくこと。しかし、大抵の場合は既存の利用者に対して目が向きすぎている。

 大学図書館であるならば、利用者が限定されている上に、教育機関としての役割も付与されているため、利用者である学生に対しては毅然とした態度をとることも可能。しかし公共図書館はそうはいきません。

 税金で運営されている以上、受益者として立場が納税者=住民が上に立つ。そうなると、対応がどうしても下手にならざるを得ない。こういう背景があるので、公共の方がハードでしたね。大抵、一人くらいは

現場で良く知られた古参の利用者

がいたりするので。(苦笑)

 従って、法律や契約の問題だけではなく現在行われている仕事の中身そのものに対する再検討がないとおそらくずっとこのまま予算を削減され続けるだけになるでしょう。まず、今まだ削れる部分として

機械化

があるから。貸し借りに関して自動貸し出し機にすればよいし、配架に関しても開架にこだわらなければ自動化できる。こういうところから、現状の司書の仕事もなくすことができてしまう。

 一気に行わないのは単に現状の利用者が環境の激変を嫌うからであって、働き手の方ではない。現場に影響力を持つ人たちからも一定の抵抗があるでしょうし、こうしたところから緩やかに変えていく。すでに10年単位で見てますが、この先に起きてくることはそういうこと。なくなりはしませんがこれまで仕事として割り振られてきた部分がさほど価値がないだけに、最終的にははじき出される。それは間違いない。

 だからこそ、本来の司書の強みを発揮できるような環境にしなければいけません。それが、

図書館の経営そのものに関われる人材の育成と配置

なんですね。ここがないと、司書という名前だけで待遇が良くなることはほぼ、永遠にありません。

 司書としてのほかにない要素が、今において何なのかというと

図書館という意義を現代的に定義し運営元と連携して行える人材

としてならば、価値創造ができると私が考えているからです。

 これは、図書館の運営・経営にかかわる部分を司書自身が担わないといけないところだからです。本来は、司書の知識・経験・概念を知悉した人物が組織運営・経営能力を身に着け、大本である行政や大学といった教育機関の基本方針にのっとって、相連携して日々の運営を行う。これが現在、司書に残された最後の価値であると私は考えています。

 それ以外の要素だと、本の選定に関してもこれまでの前例から一定の経験があれば選ぶこともできますし、業務的な部分にしたって司書としての基礎は

あるに越したことはない

程度です。私自身が実務経験があるからぶっちゃけちゃいますが、

司書じゃなくたってやれることの方が大半

だからですよ、現状だと。それ位、任されている領域が貧弱で身のためにも全くならないで終わっている。

 記事のような人をこれ以上産まないためにも、私は

1:図書館の再定義

2:教育との連携のため、主体的な経営ができる人材の育成・雇用

3:その上でキャリア構築として可視化できる報酬体系の構築

が挙げられると思います。その上でなら、たとえ狭き門であっても意欲的な人材が競争することで質の向上も見込めるようになり、活性化へと道筋がつく。今のままだと単なる

使い捨て

にすぎません。利用してない人たちにとっては、どうでもいい遠い存在にすぎないし。元職だからわかりますが、価値は十分にある。でも現状のままでは、それが光らない。たったそれだけです。もったいないですね。

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さすらいの・・・

歴史や経営・組織論を学ぶのが好きな元図書館ギョーカイ人。通常マジメツイートですがタマにハメを外します。サッカーや野球ツイートも時々。匿名なので基本、他人へ矛先むけません。相互フォローしない人ですが、それでもOKなら感謝!現在離職して通教で大学生やってます。

とある図書館司書のひとりごと

元職として、公共・大学図書館での実務経験からくる現状に対するつぶやき。
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