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【過去問】事業所得と雑所得の区分

1.問題

 Aは、喫茶店経営をしていたが、その地域に縄張を持つ暴力団員Bからポーカーゲーム機賭博によるもうけ話を聞かされて、その気になり、Bからポーカーゲーム機10台を購入し、喫茶店の店舗内にポーカーゲーム専用の部屋を設けて、そこにポーカーゲーム機10台を設置し、平成20年1月3日から、ポーカーゲーム機を客に利用させるようになった。
 ポーカーゲーム機賭博の方法は、以下のとおりであった。
① 客は、コイン1枚につき500円をAに支払って、賭博の元手として必要なだけのコインの交付を受ける。
② コインをゲーム機に投入して(1枚から20枚の範囲で投入可能)、ゲーム機の画面に表示される5枚のトランプのカードの絵柄の組合せにより勝負を決するが、絵柄がそろわなければコインはそのまま機械内に回収され、絵柄がそろった場合は、そろう確率の高低に応じて、投入したコイン1枚につき1枚から100枚のコインが機械から排出される。
③ 客は、店を出る際に、手元に残ったコインがある場合それを1枚500円で精算するか、あるいは、そのまま持ち帰って次に入店してポーカーゲームをする際に、そのコインを使用する。
④ なお、Aはポーカーゲーム機の絵柄のそろう確率を調整することができ、Aが客よりも勝つ確率を高く設定していたが、客との間の個々の勝負は偶然に左右されるものであった。
 平成20年1月3日から同年12月31日までの間、Aがコインを交付するときに客から受け取った現金の総額は8000万円、客がコインを精算する際にAが客に支払った現金の総額は5000万円になっていた。
 ところで、Aは、常連客のCに対し、後払いの約束でコインを渡していた。Cは、そのコインで勝負したがすべて負け、平成20年12月15日時点でAから後払いの約束で受け取ったコインの枚数は1000枚(50万円分)となっていた。そこで、Aは、Cに50万円の支払を求めたが、結局、Cは支払わず、同年12月31日までに、50万円は回収できなかった。
 また、平成20年12月31日時点では、200枚のコイン(10万円分)を客が持ち帰っていて、精算されないままとなっていた。
 Aにポーカーゲーム機を売った暴力団員Bは、ポーカーゲーム機賭博に関する経営指導料の名目で、月々20万円を支払うようにAに要求してきたため、Aは、平成20年1月から12月までの12か月分の合計240万円をBに支払った。
 ポーカーゲーム機10台の平成20年における減価償却費の合計額は50万円である。
 なお、Aは、平成21年1月早々に、常習賭博罪で警察に逮捕され、起訴されて有罪判決を受け、ポーカーゲーム機10台はすべて没収された。
 以上を前提に、Aのポーカーゲーム機賭博による利得に対する所得税法の適用に関して、以下の設問に答えなさい。

〔設 問〕
1.  Aのポーカーゲーム機賭博による利得は課税されるが、……Aのポーカーゲーム機賭博による所得の種類は何かを述べなさい。

(司法試験 平成21年第1問設問1後段)

2.出題趣旨

 設問1後段は、所得区分を問題にしているが、ここでは、主に事業所得か雑所得かの区分が問題となる。

3.採点実感等

 第1問は、違法所得という所得税法上の一つの論点であっただけに、全体的な印象では、出題の意図を外した答案は少なく、それなりの水準の答案が多かったと評価できる。(中略)また、所得区分に関してであるが、事業所得の要件の一つである「計算と危険」について、Aは賭博で負けるおそれがあるから危険を負担していると論じた答案があったが、これでは、勝ち負けなど問題とならない通常の物品販売業等は危険を負担していないから事業所得にならないということになりかねない。「計算と危険」という基本的用語を記憶はしているが、理解をしていないことを示すものとなっている。
 これらの答案を見る限り、単に基本的用語の知識を得ることを目標とするのではなく、判例等の具体的事案を通じて、実践的にこれを理解するという学習態度を身に付ける必要があるように思われた。

4.解答例

(1)弁護士顧問料事件判決の基準

設問1後段
 Aのポーカーゲーム機賭博からの所得の所得区分が問題となる。
 この点、事業所得(所得税法27条1項)は、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得(弁護士顧問料事件判決)とされる。
 Aは、ポーカーゲーム機をBから購入し、その経営する喫茶店内に機械を設置し、コインを有償で販売し、客からの精算に応じていた。このため、Aの計算と危険において営まれている。また、Aにおいて反復継続して遂行する意思を有していたと認められる。
 しかし、ポーカーゲーム機賭博は、常習賭博罪(刑法186条1項)あるいは賭博場開帳等図利罪(同条2項)にあたる行為である。ポーカーゲーム機賭博を、反復継続して遂行する社会的地位が客観的に認められるとは言い難い。実際、Aは、開始後約1年である平成21年1月早々に逮捕され、その業務を継続できなくなっている。このため、事業所得に該当しないと考える。
 そして、ポーカーゲーム機賭博は、同法23条から34条までのいずれの所得にも該当しない。このため、雑所得(同法35条1項)と区分されると考える。

(2)会社取締役商品先物取引事件の基準

設問1後段
 Aのポーカーゲーム機賭博からの所得の所得区分が問題となるが、事実関係を踏まえると、事業所得(所得税法27条1項)と雑所得(同法35条1項)のいずれに分類されるべきかが問題となる。
 この点が問題となった事案において、事業所得は、その経済的行為の営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、その経済的行為に費やした精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、その経済的行為をなす資金の調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及びその経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべきとした判例がある(会社取締役商品先物取引事件判決)。
 Aは、ポーカーゲーム機を購入し、その経営する喫茶店に専用部屋を設けており、かつ、そのゲーム機で用いるメダルはAが客に販売し、その精算に応じている。このため、ポーカーゲーム機賭博はAの計算と危険による企画遂行のもとで行われている。そして、Aは自ら、メダルの販売と精算を行っており、業務運営していることを踏まえると、肉体的・精神的労力の程度は大きい。また、Aは物的設備(機械と専用部屋)を用意している。Aは、喫茶店を経営しているが、ポーカーゲーム機賭博から年間8000万円の売上をあげている。これらの点を考慮すると、ポーカーゲーム機賭博は、事業所得に区分されそうである。
 しかし、ポーカーゲーム機賭博は、常習賭博罪(刑法186条1項)あるいは賭博場開帳等図利罪(同条2項)にあたる行為であり、摘発のおそれがあり、相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存在しない。このため、事業所得に該当しない。
 そして、ポーカーゲーム機賭博は、同法23条から34条までのいずれの所得にも該当しない。このため、雑所得(同法35条1項)と区分されると考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 調べてみると「§224.02 事業所得の意義⑴ ––––– 給与所得との区別」の「1.「事業」の意義」で取り扱われている弁護士顧問料事件における判断基準を使って解答例をみかけた。ただ、この問題は、事業所得と雑所得の区分が論点となっているので、その区分が問題となった会社取締役商品先物取引事件に言及しながら解答することもできるように思えた(「§224.03 事業所得の意義⑵ ––––– 雑所得との区別」の「1.事案の検討」)。
 そこで、ふたつの基準を引用して、解答例を作成してみた。採点実感で触れられている「計算と危険」については、Aの計算で実施されていることを示す事実を取り上げ、Aの計算でやっている以上は、Aに損益が帰属しているので、Aの危険で行っていると、考えた。「危険」の認定について、刑法犯として処罰される可能性に触れることも考えたが、勉強した範囲では自信がなかったので、触れなかった。つまり、「計算」は、ポーカーゲーム機の売買契約、喫茶店の店舗の賃貸借契約あるいは所有権の帰属などに係る法律的な名義で判断するということはわかっているのだが、「危険」については、刑事罰の対象となる実行行為を行なっているという意味まで含まれるのか自信がなかった。今後、勉強しながら、理解を深めたい。
 違法行為からの所得については、雑所得に分類することが適切であるという価値判断も背景にはあるように思われる。つまり、資産損失が生じたときの取り扱いの違い、損益通算の取り扱いの違い、青色申告による特別控除など、事業所得に認められる恩典を、違法行為からの所得に認めるべきなのかという政策的な判断も行われているのではないかと思われる。しかし、解答に書くような話ではないと感じたので、記載していない。

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