The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ

トーマス・カリナン原作小説の映画化。
1864年 南北戦争期のバージニア州
足を負傷し身動きが取れずにいた北軍の兵士 ジョン・マクバニー(コリン・ファレル)は、南軍側に属する女子寄宿学園の生徒に発見され学園へと運び込まれる。
園長のマーサ(ニコール・キッドマン)、教師のエドウィナ(キルスティン・ダンスト)、アリシア(エル・ファニング)をはじめとした5人の生徒達は、予期せぬ敵軍の兵士の来訪に戸惑いながらも、傷が完治するまでの間マクバニーを匿うことにする。
男子禁制の地で長らく暮らしてきた7人の女達は、次第にマクバニーに心奪われていくのだが…。
愛憎渦巻く男女の駆け引きを通し、人の心に宿る欲望と傲慢さを描いた作品だ。

誰もが繰り返しの毎日を生きている
退屈で代わり映えのない日々から抜け出したいと思っている
人とは違う特別な存在でありたいと願っている
だけど、日々変わるのはせいぜい食事位で、たまの休日に一瞬だけ繰り返しの輪廻から抜け出せるだけ
そうカンタンに大きな変化は訪れない
ファンタジーのような素敵な出来事もそうそう起こらない
戦争中ということもあり、通常の何倍も抑圧された日々を過ごしてきた女達
そんな中、格好の“非現実”が目の前に現れる

異性であり、敵軍の兵士であり、怪我人
ありとあらゆるイレギュラー要素を兼ね備えた男は、女の園へと迷い込む
本来であれば腕力で勝る男だが、怪我で自由に身動きが取れず多勢に無勢で敵わない
あの学園内に関しては、男女のパワーバランスが逆転した世界が成り立っていた
マクバニーは竜宮城に迷い込んだ浦島太郎か、蜘蛛の巣にかかった蝶か
あなたの目には一体どのように映るだろう。

子どもの頃、親戚が家に遊びにくるだけでも特別なことに感じられた
友人が家に泊まりにくるのもそうだし、学校に教育実習の先生がやってくるのだってそう
それらは全て、限られた期間の出来事であるから価値が生じていた
制約があるからこそ、非現実的な出来事に思えてくる
そして、その非現実を目の当たりにすれば満喫せずにはいられない
退屈な日常とおさらばするための要因は、自分一人で独占したい
だが、非現実が現実と化していけば自然と価値も消えていく

劇中における非現実は、負傷した敵側の兵士であるマクバニーが誰のものでもないから保たれていた
怪我が治れば
戦争が終われば
腕力を振るえるようになれば
誰かのものになってしまえば
自ずと彼に宿る特異性は失われていく
一つでも均衡が崩れようものなら、元の退屈な日々へと逆戻り
非現実も現実へと成り下がってしまう。

良い夢であろうが悪い夢であろうが、覚めない夢は無い
かつて家族と共に過ごした幼少時代も、付き合いたてのホヤホヤ期間も、大型連休や楽しい旅行の時間も、永遠には続かないからこそ価値がある
いくら好きでも、同じものばかり食べていたら飽きがくる
初めは感動しても、オチが分かってしまえば心に響かなくなってくる
子ども時代には手が届かないものであっても、大人になってしまえばカンタンに手が届く
際限なく続く喜びや楽しさはこの世に存在しない
どこかの時点から、喜びや楽しさとは無縁のものになっていく
限りがあるからこそ儚く、手に入れられないからこそ人の心を大きく揺さぶる

華麗に空を舞う蝶は美しいが、羽を失い地に堕ちた蝶に目を向ける者はいない
いたとしても心の中で何かが欠けた者か、捕食の対象として群がる大量の蟻だけ
人によっては「女は怖い」と言う人がいるかもしれないが、描かれていたのは性別問わず人の心の在り方
あなたにもぼくにも宿るモノ
それを強く露わにしたのが劇中の女性達であっただけ
そこに性別の差異は無い
真に怖いのは、人間そのものだ。

不意に訪れる非現実より、自らの努力で掴み取りにいく非現実の方にこそ本当の価値があるのだと思う
己の力で手繰り寄せた非現実を現実に変えること
そこにこそ本当の意義があるのだと思う
ぜひ劇場でご覧ください。

青春★★
恋 ★
エロ★★
サスペンス★★★
ファンタジー★★★
総合評価:B

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ハ行

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