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1カ月の滞在で感じたことーチリサーモンの現在ー

 チリに滞在し、1カ月が過ぎた。最初の2週間は風邪。後半2週間はノミ刺されによる痒みで不眠症、という不運に嘆いた1カ月だった。とはいえ、取材のアポも順調に入り始め、今週はサーモンの飼料会社やワクチン会社などを訪れる。養殖会社の人たちとも交流を重ね、地元の新聞記者や研究者にも情報をもらった。日本にいては分からなかった事実を知った。知ることができなかったであろう、体で感じた現在の話をまとめてみる。

 チリではサーモンの養殖に約3万人が従事しているという。さらに、周辺事業には約4万人が関係している。合計約7万人。例えばそれぞれ4人家族だとすると、7万×4=28万人。つまり、280000人が、サーモンの養殖を生活の糧にしていることになる。外務省のデータによると、チリの人口は17年で1805万人。サーモンの養殖に参画する人々の数は、総人口に対する数としては小さく見えるかもしれない。ただこの人数で、ノルウェーに次ぐ第2のサーモン輸出大国になっている。

サーモンと父の日

 この1カ月で、サーモン養殖の本拠地といっても差し支えないプエルト・モンという街での人々の暮らしぶりもなんとなく分かってきた。あまり数字の話ばかりでも面白くない。ここからは、この1カ月で感じたことや考えていることを話したい。

 養殖産業の関係者には、この1カ月、世話になりっぱなしだった。そこには家族があり、団欒があった。サーモンの養殖で得た収入で、家を買い、子供を育て、父の日には親戚同士で集まって食卓を囲む。チリで初めて出会ったキーマン(ぼくにとっての)は、フアン・チャベス。サーモンの生簀の修復業で生計を立てている。自動車整備士の勉強をしていたが、潜水士の免許をとった方が、短期間で仕事にありつけそうだったから、転身した。ユーモアがあり、親しみやすい人柄だ。いまは、メンテナンスのために使う小型船の整備が目下の課題。「もうちょっとで終わる」と言い始めてから、早くも2週間が経っているが、大丈夫なのだろうか。

 日本にいるころから親交があった、養殖会社勤務のホルヘ・ウィルソンは、首都・サンティアゴの出身。養殖業には30年携わっている。社交的な妻・マルセラと二人の子供の4人家族。やや亭主関白なところがあるけれど、マルセラのことを「ママ、ママ」と呼ぶ、なんだかんだ妻に頼っちゃう系の旦那。毎週日曜日には、マルセラの実家があるリオ・ネグロを訪れ、持病が悪化する義母と食事をする。関係者との人脈が豊富で、取材を強力にサポートしてくれている。チリにおけるサーモン黎明期を知るパブロ・アギレラ氏とも旧知の仲だという。養殖に関するポジティブな見方を知るにはこの人がキーマンになりそうだ。

安価な寿司ネタも地元じゃ高価

 街の人にかたっぱしから話しかければ、プエルト・モンでサーモン養殖の関係者を探すことはさほど難しいことではない。ただ、プエルト・モンを歩いても「ここがサーモン養殖のメッカだな」と実感することは、ほとんどないと思う。

 確かに、探せばサーモンを販売する店がある。スーパーでも普通に売られている。「チリサーモンは抗生物質がたっぷりで、地元では消費されない」という趣旨のウエブ記事を読んだことがある。有識者に話を聞いて、地元民の中でも抗生物質への知識を持つ人のコメントを取れば、成立する記事だということは、ここにきてから分かった。事実、サーモンやほかの魚介類より圧倒的に肉が消費されている。同じ南米でも、ペルー の港町に行けば、大抵「セビチェ」と呼ばれる南米風マリネとでも呼べる海鮮料理を専門に振る舞う「セビチェリア」がいくつもある。プエルト・モンにはそれがほとんどない。

 チリ南部における食文化の変遷については知識が不足しているので、詳細は語れない。何人かの地元住民は「魚介より肉を食べる文化だ」と語った。もちろん、魚介を消費する地元民がいないわけではない。けれど暮らしてみて、飯屋のメニューをみていると確かに肉の方が消費されている印象を受ける。 そうした暮らしぶりの中で、魚介の中でも特に高価なサーモンが地消されないのは必然ではないだろうか。サーモンの寿司が2貫108円で回っていると知ったら、驚くに違いない。ここじゃ鮭のムニエルが1000円はする。

求められるポジティブな行動

 現地でも、サーモンの養殖を批判するコンテンツはいくらか見かける。見出しはそれほど過激なものではない。抗生物質の話や、環境へのインパクト、労働環境といったテーマが中心となっている。もちろん、養殖産業の人々が知らないはずはなく、そうした情報の存在を把握している。個人的には思い付くままに批判するので、一体何がしたいのか、結局何が言いたいのか、どういう提案なのか、核心が分からない非生産的な批判もあると感じている。

 生態学を大学でかじっていたこともあり、ぼく自身はサーモンの養殖が生態系に与える影響は、相当あると思っている。いつかのnoteにも書いた通り、チリにとってサーモンは外来種。しかもフィッシュイーター。その悪影響は、ナイルパーチがアフリカ最大の湖・ヴィクトリア湖の生態系を壊滅させて、さらにそのナイルパーチを採っていた人たちの暮らしも、割とひどかったよね、という話と同じだ。外来種が生態系に及ぼす悪影響は、科学的に簡単に示せる。ぼくが持っている批判的なスタンスといえば「生態系への影響が当然あるから養殖産業の『拡大』には慎重になるべき」というくらい。

 けれど例えば労働環境の話しはより複雑で、「じゃあ前はどんな仕事をしていくら稼いでいたのか」「転職は考えてないのか」など、科学うんぬんよりも、労働者本人の問題ということも考えられる。

 先に述べたように、抗生物質に関しても指摘がある。まだまだ勉強が足りないので、しっかり進めていきたい。ただ、牛でも豚でも何でもそうだと思うけれど、相当規模の需要に応えるレベルで、産業と呼べる程度に生き物を大量飼育すれば、病気のリスクには対応しなければならない。でなければ畜産や養殖なんてやってられない。その術として選択できるのは、ワクチンで免疫面から防ぐか、抗生物質という生物由来の薬剤を使う他ないのではないだろうか。もしあればぼくの勉強のために、ぜひ教えてください。

 求められるのは、ポジティブな行動だと思う。例えば、サーモンの生簀はトドの攻撃により破られ、毎日どこかしらで外来種であるサーモンが流出している。それを糾弾したところで何も変わりはしない。でも、養殖会社の中にはUR30STという銅合金を生簀に用いている企業もある。サーモンの流出も防げる上に、10年間はメンテナンスフリーで、錆による海洋への流出もほとんどないという優れもの(養殖ビジネス2017.4より)。三菱伸銅が特許を持つ素材らしい(三菱伸銅の方、読んでないと思いますが、もし読んでたら連絡ください。営業してきます)。現実的に自然保護に向け前進したいのであれば、こうした最新の技術を使っている優良企業と手を取って、業界自体にプレッシャーをかけることもできるはずだ。そしてもし、環境保護団体がサーモンの養殖拡大を防ぎたいなら、そうしたポジティブな行動を取りつつ、簡潔で明白なワンテーマで相手を唸らせるような活動の仕方をしたほうが、メッセージは届きやすいのではないかと思う。

 1カ月で考えたのは、ざっとこの程度。この先、考えの軸や取材者としてのスタンスはあまりブレないような気がしている。それと、アイキャッチ画像はプエルト・モンの中央広場前の噴水が完成した時のコンサートの様子。音楽とともに空高く上がった噴水がライトアップされていた。寒いのに風になびく噴水を浴びて、みんな楽しそうだったなぁ。


※8月23日、労働人口を修正しました

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