思い出したこと

昔、僕は空手を習っていた。
ウチの近所に道場があってね。
そこの先生は昔、キックの日本チャンピオンだった。
僕はあまり真面目にやらなかったから強くなれなかったけど、この時にちょっと変わった、常識から外れた空手の先生達と知り合えたのは、ある意味財産と言っても良いと思う。ま、変な人達なんだよ。

ある時、空手の先生が昔道場にいた弟子の話をしてくれた。僕の兄弟子だ。
僕の地元の人間らしいのだが、僕の通ってた空手道場でこのちょっとおかしい先生達に真面目に空手を習って、ものすごく強くなったらしい。
そして地元の道場では教えることがなくなったから本部に行け!と本部の道場に行かせたとのこと。
だがある時、その人は交通事故に遭って運悪く頭を打って記憶障害になってしまい、日常生活に支障を来すようになったらしい。
空手の先生は、
"アイツは自分の家も親の顔もわすれてしまったのに空手だけは忘れなかった。アイツは大したもんだ"と先生方は誉めていた。
何だか気の毒になった。
事故が起きた場所もウチの近くだった。
その話を聞いた数年後、僕と一緒に空手を習い、この話を一緒に聴いた僕の友人が、とあるホームセンターに買い物に行き、そこの便所で用を足した。
しかし奴は間違えて便器の中に携帯電話を落としてしまい、慌てて便器から拾い上げるも時既に遅し!
携帯はうんともすんとも言わずにずっとバイブで震えてる。
電源を切って入れ直すもバイブの機能だけ。
通話ボタン押してもメモリー確認しようとしても全部使えなくなっていた。
バイブ以外の機能は全てダメになってしまったそうだ。
この時あの交通事故に遭った空手の達人の僕らの兄弟子を思いだしたという。

"自分の家も親の顔も忘れたけど空手だけは忘れなかった"

"通話機能も登録したメモリーも忘れたけどバイブの機能だけは忘れなかった"

……。

そして後日、この記憶障害になってしまった兄弟子だが、電車で本部道場に通う姿は明らかにおかしくなっていたそうだ。
嘘か本当か黒い道着に鉄下駄を履き、帯にはヌンチャクとトンファーを差して電車内で懸垂をしながら通ったとのこと。
まあもし本当なら警察呼ばれてるな、これは。

以上。

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