現場に向かうということ

写真 : 殉教した戦闘員の前で悲しみに暮れるムジャーヒディーン(2014年5月)  筆者撮影

なぜリスクを背負って現場に足を運ぶのか。日本国内ならいざ知らず、日本人が興味を示さない国にわざわざ出向くには何か特別な理由があるのか。僕の意見が参考になるとは思えませんが、個人的な見解を書いてみたいと思います。シリアに限らせていただきます。

・伝えたいという使命感

ニュースから流れる映像はそれだけでもシリアが悲惨な状況にあることは誰でも理解できました。ただ、生身の人間として、果たしてどこまで感じ取ることができるのかは個人差もありますが、実感が伴いません。爆弾が落ちてくる恐怖、スナイパーに狙われる恐怖、衣食住に事欠く恐怖、また命を失う危険性が十分にありながらも、その場に留まり避難をしない人々の複雑な心境。彼らの代弁者になるには、実際に彼らと同じ視点に立つことが一番効果的です。現場に立つことの重要性です。

初めて訪れたシリアで僕は戦火に包まれた日常生活を体験しました。迂闊に大通りを歩けば、撃たれます。買い物に出掛ければ、遺体を担いだ群衆にぶつかります。市街戦が突如始まり、逃げ場を失ったこともあります。ただ、それでも住民は決して怯むことなく、巨大な政府に立ち向かっていました。また戦争をしているからこそ触れられる優しさや勇敢さに心を打たれました。

突発的な戦闘で逃げ場を失うと、近所の住人が扉を開けて招き入れてくれました。通りを渡る寸前、ここはスナイパーがいるから、別の道を使いなさいと地図を描いてくれました。数日間、戦闘が続きアパートから出られないと、隣人が食べ物をおすそ分けしてくれました。遺体を担いだ群衆がスナイパー通りを埋め尽くし、撃つなら撃て!我々は死を恐れない!と堂々と政府軍の前に立ちはだかりました。デモは毎日のように開かれ、政府軍の威嚇射撃にスローガンで答えていました。「アッラー!シリア!自由!それだけで十分だ!」

こうした体験が果たして報道することに何か意味があるのか。別にシリアの戦況を語るなら、日々流れてくるニュースでカバーできるじゃないか。確かにそうです。でも、戦争は人と人の殺し合いです。同時に戦争は人と人の繋がりを意味します。強力な繋がりです。戦場に身を置くと、僅か一ヶ月ばかりの滞在であるにもかかわらず、何年も住んでいるような連帯感が生まれます。時間が凝縮されています。報道する立場の人間が、安全な場所から彼らの声を拾い上げても、気持ちの繋がりは希薄です。現場で同じ空気を吸い、彼らと気持ちを共有することで、生身の人間として現地の状況をリアルに伝えられると思います。

・知りたいという好奇心

フリーは自由です。束縛はありません。僕の場合は、日本で需要があっても、なくても、そんなこと関係なく興味ある国に取材に出向きます。シリアはたまたまビザが取れたので、訪れたらハマったのです。誰でも大好きな国には何度でも足を運びたいものです。映像や写真を見ただけで満足できる人は少ないと思います。やはり現地に足を運んで人に触れたり、料理を食べたり、観光名所を見て回りたいのが本音です。

ただ、シリアは戦争をしています。好きだからという理由だけで足を運ぶには動機としては不十分です。でも、好きな国であれば、そこで何が起きているのかを憂慮し、外の世界に実情を伝えたいと誰でも感じます。治安が一番のネックになりますが、ある程度の治安の悪さでも、好きな国で戦争が起きていれば、多少のリスクを冒してでも向かいたいと思えるはずです。ジャーナリストだからとか関係なく、現場に足を運ぶのは、そこで何が起きているのか知りたいと思う好奇心です。

好奇心で人の不幸を見に行くなんて不謹慎だ!そう思われる方もいるかもしれません。ただ、仮に僕が観光客だとしても、そこで起きている悲劇を現地の人々は僕に訴えかけるでしょう。実際、ダマスカスでの取材は身分を学生と偽りましたが、人々は私が外国人である、外の世界の人間というだけで、シリアの惨状を猛烈にアピールしました。彼らの根底には、誰でもいいから、この惨状を伝えたいという切迫した思いがあります。好奇心でも興味を持ってくれている時点で現地の人々はうれしいものです。

・向かわない選択肢

現場に行くことは必要には違いありませんが、リスクがあまりに高い場合は向かわないという選択肢もあります。シリアの場合、入国する判断基準は、海外の記者が現地からレポートしているか。僕はそこに注目しました。日本とは異なり欧米の大手メディアは危険な場所にどんどん乗り込みますが、本当にヤバい場所には近づきません。なので、僕は大手メディアが報じている地域を参考にしてシリア入りを決めていました。

2015年4月を最後にして、僕はシリアに入国していません。2016年、2017年、シリア人の友人に入れないかと相談しましたが、無理でした。それでも、他のジャーナリストやカメラマンはシリアに入国しています。クルド人地域とアサド政権支配地域が主ですが、稀にイドリブ県からレポートする記者も見かけました。それでも、僕はシリアの取材に積極的にはなれませんでした。

僕自身、伝えるという使命感と知りたいという好奇心が今は衰えています。こうなると、現場に足を運ぶ気力も湧きません。リスクを冒しても現場に向かう。それは決して誰にでもできるわけではありません。

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TakeshiSakuragi

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