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第1回最恐小説大賞受賞の問題作、鬼子のイヤミス『ヴンダーカンマー』試し読み

最恐小説大賞とは?

小説投稿サイト〈エブリスタ〉と竹書房がノールール、ノータブーで募る新たなホラー小説賞、最恐小説大賞。心霊、サイコ、サスペンスなどジャンルは不問、とにかくいちばん恐い話を決めようという目的のもと生まれた、バーリトゥードなコンテストです。

その第1回受賞作の長編がこちら、『ヴンダーカンマ―』(星月渉)

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ヴンダーカンマーって?

ヴンダーカンマーとは、近世に流行した怪奇珍品の陳列室。それを現代に甦らせようとする女子高生・渋谷唯香は、自ら立ち上げた同好会に5人の人物を招集(蒐集)し、自分だけのヴンダーカンマーを作り上げていきます。

一人目は猟奇殺人事件の遺児、北山耕平。町一番の名家の御曹司、東陸一。人望厚い生徒会長、南条拓也。学園一の美少女、西山緋音。そして自身の母であり教師の渋谷美香子。緻密な計算のもと、次々と集められていくおぞましきコレクション。その真意と目的は何なのか。

人間の悍ましさがこれでもかと言うほどに詰め込まれた先に待つ、あまりに純粋な真実は、まさに衝撃としか言いようがありません。

エグさの限りを尽くして、なお透明。

この世のありとあらゆるタブーが詰め込まれた、おぞましすぎる展開。その闇に打ち震えながらも、なぜか読む手をやめられない魔性のイヤミス。

ぜひ、この禁忌の沼に浸かる魔の愉悦をあなたも味わってみてください。

『ヴンダーカンマー』第1章を全文公開


1 北山耕平

 どんなひとの話も聞いてやれ。
だが、おのれのことをむやみに話すではない。
他人の意見には耳を貸し、自分の判断はさしひかえること。
――ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』


〈ホルマリン〉という単語を聞くと、この町の子どもやこの町で子ども時代を過ごした人の大半が、きっと、あのヴンダーカンマーに展示されている〈胎児のホルマリン漬け〉を連想するとは思いませんか?
 何しろ小学校でも中学校でも課外活動などで、あのヴンダーカンマーに近づく機会が多すぎるのですから。あそこには胎児のホルマリン漬けだけでなく、初代館長の霜村鑑三氏が個人で蒐集した奇想天外なものが二万点ほど、展示されていますね。
 霜村氏は死後自分の内臓までホルマリン漬けにしてコレクションに加えました。彼の脳は格別に興味深かった……。でも、やっぱりあの胎児のホルマリン漬けに勝るインパクトを持つ展示物はないと思います。
 あれを見ると、色んな疑問が思い浮かびませんか?
 人道的にどうなのだろうか? という上辺だけの道徳心がもたらすものかもしれないし、いったいどんな成り行きでホルマリン漬けにされたのだろう? という好奇心を剥き出しにしたものかもしれない。或いは、この胎児の大きさを考えると、中絶は不可能な週数であるはずだから、死産した子どもなのだろうか? と医学的にどうやって取り出したかが気になるかもしれませんね。
 僕の場合は、皆さんにも予想がつくのではないでしょうか。
 僕の疑問はあの胎児は本当は嬰児なのではないのか?
 そして、胎児だろうが嬰児だろうが、育んだ筈の母体は――母親はその後生きていただろうか? ということです。
 あのヴンダーカンマーの近くを通る度、僕はそんなことを考えてしまいます。
 僕の生い立ちを考えていただけたなら、皆さんも納得ですよね?
 僕が十六年前の、殺人事件の被害者家族だということは、この町の住人なら誰でも知っています。小さな田舎町で起きた凄惨な事件は「僕」の周りでは風化することがない。
 犯人が未だに捕まらず、手がかりさえないので、風化しない方がいいはずだ――。
 そう言う声が聞こえてきそうですが、僕は産まれてからというもの、他人の目に晒されている気分をずっと味わい続けているわけだから、いっそのこと、風化して欲しいとさえ思うことがあります。
 僕は一見には静謐なあの家で、祖父母の子どもとして育てられました。遠方の親戚にでも養子に出せば、祖父母の苦しみは、もう少し軽くなったはずです。僕もおそらくその方が幸せだったでしょう。
 虐待とまではいきませんでしたが、祖父母の冷ややかな態度から、物心つくころにはすっかりあの人たちにとって僕が厄介者だけでは済まない存在なのだと実感していました。
「なんで、鈴子が死んで、父親が分からないどころか※※※※※※※※※※※※※」
 祖母からこんな風に罵られるのが僕の日常でした。鈴子というのはもちろん僕の母の名前です。祖母の口癖はいつも後半部分に差し掛かると耳鳴りがして、よく聞き取れませんでした。
 祖父母はものすごく体裁を気にする人種でした。それに「旧家だ」とか「先祖代々の土地が」とか、祖父母も近所の大半の大人と同じように、そういうことを重んじていました。
 たとえ広大であろうとも、実際はそんな資産はあまり役に立たないという現実から目を背けて生きているような人たちでした。祖父母の家の物々しい日本家屋では、仏間の写真でしか見たことがない、誰だかよく分からない人の「法事」がしょっちゅう行われていて、その度に僕は納戸に閉じ込められました。
 けれども時には母の法事の日もありました。
 僕という存在のせいで母も祖父母にとっては、殺される数ヶ月前から厄介者ではあったようです。それでも一人娘が死んだということで、祖父母の胸中に複雑な思いが巡るようでした。
 母の写真で唯一、僕が自由に見ることができるのが、仏間の壁にずらりと並んでいる、最近のご先祖様の末座に据えられた黒い縁取りのある一枚です。
 微笑み一つない味気ない表情の母は、母と呼ぶには、あまりにもあどけない様子です。
 写真の母の襟には校章が付いています。
 そう、この椿ヶ丘学園高校の椿の葉の校章です。おそらくあの写真は学校の集合写真を引き伸ばして作られたものなのでしょう。輪郭がぼやけているのも納得です。
 僕が進学をこの椿ヶ丘学園高校に決めたのは、たった一枚の写真からここが母の母校だと分かったから……。そんな理由からでした。少しでも母の存在を感じることができたらと、いささかセンチメンタルな動機ではありました。
 けれどもこの学校に入学したところで、僕の日常はほとんど変わりませんでした。だいたいどこに行っても、数日で僕を見ている人の目の色が変わります。知っていますか? 目の色って本当に変わるんですよ。瞳孔の開き具合で色が変わるんでしょうか?
 そして、ピンと緊張感が張り詰めて空気が音を立てるんです。
 この町のどこへ行っても……。
 この町にとっての僕はそういう存在なんでしょう。
 


 そんな風に出会った人が目の色を変えて遠巻きにしていく、それが僕の日常でしたが、それだけでは済まないのだと思い知った出来事もありました。
 ある時、校門で待ち伏せしている観光客の団体が僕を取り囲みました。
「君、北山耕平くんだよね?」
「うわ。本物? すげえ」
「写真撮っていいかな? えー。なんで? じゃあ一枚だけ。一枚だけならいいよね?」
 東京の大学のオカルト研究会だかなんだかの人たちは、ネットで見た母が殺された事件に興味を持って、検索に検索を重ねてこの椿ヶ丘まで来たと言うんです。
 この町でなくてもネットでもこんな風に自分が見られているのか? 見つけられてしまうのか? そう思うと、絶望的な気持ちになりました。
「や、やめてください」
「いいじゃん。ネットに上げたりしないからさあ。ね?」
「やめろって本人が言ってるのが聞こえないの? 盗撮する気ならすぐ警察呼ぶよ?」
 僕がハッと後ろを向くと、一一〇番をスマートフォンに表示させて今すぐにでも画面をタップするそぶりで大学生を威嚇している女子がいました。通報にひるんだ大学生たちはしぶしぶ学校を後にしました。
 この時大学生を威嚇してくれた女子こそが、渋谷唯香さんでした。渋谷さんも、僕に目の色を変えてはいましたが、それは他の人間とは違う色合いでした。
 好奇心と侮蔑と疑惑と同情。僕を見る目は大体これが複雑に入り混じった色合いになることがほとんどですが、渋谷さんの場合は小さな子どものそれと同じで、好奇心一色でした。

「北山くんはもう少し自分から他の人となじむ努力をしたほうがいいんじゃない?」
「人間関係に向かって努力をする意味も分からないし、その努力が報われない確率の方が高いことを経験上知っているからね」
「ふうん」
 この「郷土資料研究会」に入ったばかりのころ、渋谷さんとそんな会話をしました。
 椿ヶ丘に入学しても、部活や同好会には一切入らないつもりでしたが、同好会を作るのに人数が足りないので、名前だけでもと彼女に言われて入りました。
 同好会を作るには、少なくとも五名は必要だということでした。

 〈郷土資料研究会〉

 具体的にどんな活動をする同好会か聞いていなかったので、入会届を差し出された時、渋谷さんの愛らしい容貌からはおよそ考え難がたい、何やら堅苦しい名前にぎょっとしました。
「いったい、どんな活動内容?」
 僕がそう尋ねると渋谷さんは長い髪を耳にかけながら、クスクス笑ってこう言いました。
「私、自分のヴンダーカンマーを作りたいのよ」
「え?」
「そんなに驚かないで。冗談だから。ほら、この町の伝承とか歴史的建造物とかについて、調査したり、研究したりするの。北山くんだってきっと興味あると思うよ?」
「僕は……。どうかな? 正直微妙だね」
「城跡の近くにあるふしぎ博物館。北山くんはあれになら間違いなく興味あるでしょ?」
 〈城の里ふしぎ博物館〉それがあのヴンダーカンマーの正式名称であることは、みなさんももちろんご存じですよね? 渋谷さんが何を言おうとしているのかに思い当たった僕は、この時かなりムッとした表情を隠せていなかったはずです。
「もしかして、怒ってる?」
「怒らないでいる方が間違いなく難しいね。なんだ。渋谷さんはあの東京から来たオカルト研究会の連中と変わらない人種ってこと?」
 渋谷さんはコロコロと笑いました。なんだか怒っているのが馬鹿らしくなる笑い声でした。
「もっと酷いかもしれない。でもね、私はあんなに不躾じゃないはず」
 僕は怒っていたはずでした。でも結局、渋谷さんに勧められるままに郷土資料研究会の入会届に名前を書きました。
 渋谷さんには紙を差し出す前から、僕が入会することが分かっていたはずです。僕の周囲には近しい親しめる大人はおろか、友人もいたことはありませんでした。
 人間関係に背を向けて生きていくしかなかった僕にとって、継続的に建設的な(或いは建設的ではない)会話ができる相手がいるということがどれほど刺激的であったかを、彼女は決して見逃してはいなかったと思うからです。
 ユーレイ部員になる気でしたが、部室がこの場所だったというのは、とても蠱惑的でした。
 旧校舎本館、通称〈本館〉のかつて自習室であったらしいこの部室。
「本館は椿ヶ丘を象徴する場所だ」と言う人が卒業生にも多いようですね。明治三十五年に建てられたこの建物は、県内の現存する最古の学校建築なのだとか。ほんのりとした桜色の外壁に木製の格子のついた大きな高い窓、階段の手すりに施された彫刻。二階はかつて職員室として使われていたこともあったようですが、二十年前、重要文化財に指定されてからというもの、保存に力を入れはじめたのか、現在、開放はされているものの、本館の部屋はほとんど使用されていませんでした。
 僕は入学当初からこの本館に魅せられていました。この建物に足を踏み入れた時の自分の足音、人の話し声の響き方や、古い建物特有の、けれど不愉快ではない匂いが、特に気に入っていました。ふと見上げた窓の、均一ではないムラのあるガラスに、なんだか心が和むのです。
 ――母もこの場所が好きだったかもしれない。
 いつからかそんな夢想に囚われていた僕は、毎日のように郷土資料研究会に顔を出していました。

 この研究会で最初に取り組んだのも、この本館でしたね。ここに部室を構えられたのは、顧問になってくださった、渋谷先生のご希望からなのだとか。それに関しては少し渋谷さんのことが嫉ましくもありました。母親が椿ヶ丘の先生で、自分の立ち上げた同好会の顧問になって欲しいと、ねだることができるのが羨ましかった。渋谷さんと渋谷先生は、とても仲の良い親子だったことが想像に難くなく、それが羨ましかったんです。
 それにしても、渋谷さんはなぜ、人数合わせに僕を誘ったのでしょう? 郷土資料研究会の他のメンバーは渋谷さんが寄せ集めたと言っていたわりに目立つ人ばかりでした。
 もちろん皆さんのことです。
 南条先輩はこの椿ヶ丘で、ほんの数名しか出たことのない特待生で、人望厚い生徒会長ですし、西山さんは学園祭のミスコンでグランプリになるような人でした。
 そして、東くん。
 東くんは女子の大多数から「リッチー」と呼ばれている人気者でした。とびぬけて明るい雰囲気で、クラスに一人はいると助かる盛り上げ役。「リッチー」というあだ名は東くんの名前の陸一とお金持ちの意味のリッチを掛け合わせてつけられたもののようですね。東くんは代々沢山の事業をこの町でしている名家の御曹司で「玉の輿狙いたいならリッチー」だなんて女子はよく言っていました。
 東くん……。ああ、みなさんそんなに下を向かないでください。渋谷先生も。今日、先生に来ていただけるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。
 今、先生の前で東くんの話をするなんて! と思われるかもしれません。けれど、僕は渋谷さんを殺したのが、東くんだとはとても思えないんです。
 
 

 あの日、渋谷さんが殺された日。なぜだか僕ら全員が目撃しました。
 本館の正面玄関左手の階段の二階の手すりから、こと切れた渋谷さんが吊るされていました。死因は絞殺ではなかったと警察からは発表されていますが、まるで首吊り死体のようでした。渋谷さんの遺体は踊り場に飾られている初代校長の肖像画に、まるで見下ろされているようでした。そして、渋谷さんの近くで必死の形相で何かをしている血まみれの東くんの姿を、ここにいる全員が見ました。
 東くんはわけの分からないことを言っていましたし、渋谷先生が通報してから、すぐに駆け付けた警察官も東くんが渋谷さんを殺したのだと思ったのでしょう。
 東くんの身柄は速やかに拘束されました。
 あの時、あの場にいた全員に冷静な判断は望めなかったと思います。渋谷さんの死体は直視が困難なくらいひどい有様でしたから。
 西山さんは、悲鳴を何度もあげてから、泣きわめいていましたね。
 南条先輩は廊下に張り巡らされている、花柄のじゅうたんに吐いていました。
 僕は、東くんの様子をただ凝視していました。
 彼を止めるべきなのか、そうでないのかもよく分からなかった。
 東くんは温かそうな色の何かを必死で渋谷さんに戻そうとしているようにも見えました。
 ケネディ大統領が暗殺された時、ジャクリーン夫人は夫の飛び散った頭蓋骨の一片を手にしていたという話が、頭をよぎりました。血が噴き出している傷口に、はみ出した内臓を入れてみたところで、どうにかなるはずもない……。
 頭ではそう理解しつつ、どうにかしようと不可解な行動を繰り返している東くんの異常な姿を見て、僕はそれでなんとかなるような気さえしました。それくらい僕は渋谷さんの「死」を受け入れたくなかったのです。
 東くんはもしかしたら、ああすれば渋谷さんが蘇生すると思っていたのかもしれませんし、気が動転していて、とっさにとった行動があれだったのかもしれません。確かに凶器のメスは東くんの近くに落ちていましたし、事件の数日前に渋谷さんと東くんが一年生の教室の前の廊下で揉めていたのを、沢山の人が目撃しています。
 皆、口を揃えて言うのは渋谷さんが言った何かに、東くんがカッとなって、
「嘘ついてんじゃねえよ。お前、マジでぶっ殺してえ!」
 というような言葉で恫喝していたということです。その時の渋谷さんの様子はまるで東くんの恫喝など聞こえていないかのように、あまりにもいつも通りだったので目撃した人も、帰宅するころには気に留めない出来事になってしまったようです。
 事件が起きてから、この目撃情報がクローズアップされ過ぎてはいないでしょうか?
 元々、渋谷さんは人をからかったり怒らせたりして、相手の様子を見るのを楽しんでいる傾向のある人でした。実際、僕も先ほどお話ししたようなことが度々ありました。でも、ムッとさせられても、最終的には愛嬌で人の怒りを煙に巻くことのできる人でした。ですから、二人が廊下で揉めていたことを、東くんが渋谷さんを殺した動機に位置づけるのは安易だなと思います。
 それが動機になるのなら、この郷土資料研究会のメンバー全員が渋谷さんに殺意を持たなければいけなくなりますから。
 でも、以前から疑問に思っていたことはあります。
 東くんをはじめ、みなさんはいったいどうして渋谷さんと面識があったのか?
 この椿ヶ丘の学生である。
 それを除けば、僕らには何一つ共通点はないはずです。
 渋谷さんと同じクラスだとか、選択科目が同じで教室が一緒になることがあったとか、渋谷さんと同じ中学出身だとか、塾や予備校が同じとか、親同士の付き合いがあるとか、そういったありがちな共通点は何もないはずです。
 僕と渋谷さんの接点は、あの東京から来たオカルト研究会ということは、先ほどお話ししましたよね? もしかすると、ああいった少し唐突な出来事が皆さんにもあったのではないでしょうか?
 僕は渋谷さんが死んでから、急に気になりはじめたんです。僕たちにあるはずの共通点が。
 それを突き詰めて考えてみると、渋谷さんが人数合わせで僕を勧誘したというのは、渋谷さんのついた嘘だったのではないのかと思えて仕方がないのです。

「北山くん、郷土資料研究会って、南条先輩がいるんだよね? 南条先輩ってどんなかんじ?」
「北山、お前、渋谷さんと仲良いの? え? なんで? 西山さんもいるんでしょ? 俺も郷土資料研究会入りたいわー」
「リッチー、サッカー部だと思ってたのに、まさかの文化系。でもリッチーいるなら楽しそう」

 こんなかんじのことを、度々クラスメイトから言われました。こんなに話題になる同好会に、人数合わせなんていらなかったはずです。実際、同好会に入りたいと渋谷さんに問い合わせた人もいたようなのですが、渋谷さんははぐらかしたり、きっぱりと断ったりしているようでした。
 僕はそのことについて尋ねてみたことがありました。
「あまり人が増えても面白くないの。いいのよ。これで」
 渋谷さんはクスクス笑ってこんな不明瞭な返事をするだけでした。
 僕は渋谷さんが死んだ今になって、渋谷さんが自分のヴンダーカンマーを作りたいと冗談めかして言っていたのが、本当は冗談ではなかったのではないだろうか? と思えて仕方がないのです。

 渋谷さんが、集めていたのは……。

 僕たち……?

 そんな気がしてならないのです。そして、蒐集するからには僕たちには何か共通点があり、テーマがあるはずです。あの展示品の多さに圧倒される〈城の里ふしぎ博物館〉にも「天地創造」という壮大なテーマがありました。そう言えば、皆さんが郷土資料研究会に入った動機や経緯も僕は知りません。もしかしたらそこに共通点が見つかるかもしれないなと僕は考えています。
 あの事件があった日、僕は渋谷さんに呼び出されていました。彼女は僕が絶対にノーと言わないエサをぶらさげて僕をおびき寄せました。
 あの日、みなさんも渋谷さんに呼び出されたんですよね?
 日曜日の夜の学校。
 よほどの理由でない限りわざわざ来ないはずです。
 最初に警察に尋ねられたのは西山さんでした。西山さんは「唯香から電話で来ないと死ぬと言われた」と言っていました。あの時は僕も、他の皆さんも、思わずそれに頷いてしまいましたよね? でも後から考えてみたら、西山さんの証言は僕としては、どうも腑に落ちない点がありました。

「北山くんがずっと知りたかったこと、私はそのヒントを知っているかもしれない」

 前からずっと、僕は渋谷さんにそう言われていました。
 それをあの日、教えてくれると言っていました。
 僕がずっと知りたかったこと。それは、自分の父親……。
 つまり、恐らく母を殺したと思われる人物がいったい何者なのか、ということです。僕にそれを教えると言った渋谷さんが「来ないと死ぬ」と果たして言うだろうか? そこがなんだか納得できなかったんです。
 あ、西山さん、顔色が悪いですね。別に僕は西山さんが嘘をついているから、それを追及したいと考えているわけではありません。
 西山さんが嘘をついている=西山さんが渋谷さんを殺した。
 こんな風に考えるなんて、これも東くんが遺体の近くにいて血まみれだったから拘束されたのと同じくらい安直すぎますから。
 ただ、西山さんの場合はひょっとしたら、警察にだけでなく誰にも知られたくない何かをエサに、渋谷さんに呼び出されたのではないでしょうか?
 そして、あの時頷いた他の皆さんもそういった理由で、あの日学校に来たのではないでしょうか?
 まあ、皆さんが渋谷さんにどんな風に呼び出されたかが、気にならないと言ったら嘘になりますけど、それも追及しようとは思いません。
 ただ、今回こうして皆さんを卑怯な手段で呼び出したのは認めますし、謝ります。
 僕は「渋谷さんから手帳を預かっていて、そのことについて話したい」と皆さん一人一人にメールをしました。
 手帳なんて、本当は預かっていません。ただこうしたら、事件当日と同じように皆さんが集まってくれるかもしれないと考えたまでです。
 僕が集まってもらいたかったのは、どうしたら、東くんにかけられている疑いが晴れるかを皆さんにも考えていただきたいからです。
 渋谷さんは僕の父親に繋がるかもしれないヒントを教えてくれる前に、殺されてしまいました。でも不謹慎なことを言ってしまえば、それこそがヒントだったのかもしれません。
 渋谷さんが殺害された方法は、僕の母親が殺害された方法に酷似している。
 今日までに警察が小出しにしている情報を整理するとそうなるんです。
 もっとも、有力な情報は渋谷さんが妊娠していたらしいということと、手術をしたかのように、子宮が取り除かれていたということです。

 僕の母と、渋谷さんとの大きな違いは〈僕〉です。

 僕は殺害された母の子宮から取り出され、母の側で泣きもせず眠っていたそうです。

 臨月の母を殺し、その腹から赤子をとりだした猟奇殺人犯が、僕の父親……かもしれない。
 その疑惑は僕の十六年の人生に、生活に、家族に、暗い影を落とし続けました。
 猟奇殺人犯の血が流れているかもしれない子どもに、娘を殺した男の子どもかもしれない赤ん坊に、祖父母が寛容になれるはずもないのです。
 渋谷さんを殺したのは十六年前、母を殺した犯人なのではないでしょうか?
 僕はそう考えています。

 もし、僕の考えが正解なら、このまま東くんが容疑者として扱われていると真犯人は、母を殺した時と同じように逃げ延びてしまえる。
 東くんのために……というのは詭弁と思われても仕方ないかもしれません。
 母を殺した犯人に復讐したいだとか、捕まって欲しいとか、罪を償わせたいとかいう感情ももちろんあるとは思いますが、僕がそれ以上に最も強く求めていること。
 それは――母を惨殺した犯人がいったい誰なのか知りたいということです。
 そして、その人物が本当に僕の父親なのかどうかが知りたい。僕のDNAの中に猟奇殺人犯が本当にいるのかどうか知りたいんです。
 そして、母はなぜ殺されたのか?
 まだ高校生だったのに、どうして僕を産もうとしていたのか? 僕はとにかく犯人のことと母のこと……真実を知りたい。
 きっと、知らない方が幸せなこともあるでしょう。でも、僕は知りたい。
 そこで、こうして集まってもらったわけですが、皆さんとても口が重たいようですね。
 それにしても、渋谷さんの子どもの父親は誰だったのでしょう?
 ああ。当然、南条先輩ですよね?
 渋谷先生がご存知かどうかは知りませんが、渋谷さんと南条先輩は付き合っていたようですから。

 え? 違うんですか?
 え? 何が違うんですか?
 付き合ってない?

 南条先輩が今言ったことがよく分からないです。南条先輩でも、動揺することがあるんですね? 確かに、子どもの父親が犯人という考え方をしてしまうと、南条先輩が一番疑われてしまうポジションではあります。
 でも、大丈夫ですよ。
 真犯人は僕の母を殺した人物に違いない。
 だから、万一南条先輩が警察に疑惑を持たれても、またこうして集まりますから。安心して本当のことを話していただけたらと思います。
 ああ、次は嘘をついても集まってもらえませんね。同じ嘘は通用しませんよね。今度は嘘は無しで皆さんに集まってもらわなくてはならない。
 僕は渋谷さんみたいに、皆さん全員に美味しいエサをぶら下げることはできません。けれど、誰のとは断定しませんがこの中の一人の、とても重要なはずの秘密を知っています。お集まりいただけない時は、その秘密を椿ヶ丘のホームページの校長のブログのコメント欄にでも書き込みましょうか?
 それとも、学内の保護者向け連絡網の一斉メールで拡散しましょうか?
 誰も僕に何も言わない所を見ると、どうやら、皆さんには何か後ろ暗い秘密があるようですね。
 僕は無理難題を言っているわけではありません。東くんだけでなく、ここにいる全員がもちろん僕自身も容疑者にならないよう知恵を絞るために、またお集まりいただくことがあるかもしれない――と言っているだけです。

 最近になって僕は祖母の罵声が時々、全部聞こえるようになりました。

「なんで、鈴子が死んで父親が分からないどころか人殺しの子を私が育てるんだ! お前の父親はな、犬畜生にも劣る! あんなことは人間だけじゃない犬だってしない! お前もきっと人殺しになるだろうよ。私がなんで人殺しを養わなきゃいけないんだ? あー。その目。鈴子はそんな目はしていなかったよ。その目は人が殺せる人間の目だね」
 だいたいこんなことを、祖母は自分の気がすむまで言います。
 それも毎日のように。
 小学生までは罵声の後、口の中に雑巾を入れられ、ガムテープで口を塞がれて、納戸に入れられました。僕の泣き声が聞こえるような隣家は周囲にはありません。一番近くて五百メートルくらい離れたところにあります。
 口を塞ぐのは近所迷惑を気にしているからではありません。
 祖母は僕の泣き声すら許せなかったのです。

 僕は、皆さんを少なからず、脅迫しているかもしれません。でも、祖母の仕打ちを罰として受け入れなければならない咎が、本当に僕にあるのかどうか。それを知りたいと思うのは仕方がないことだと、皆さんなら理解してくれそうな気がしているのです。


……続きは書籍にてご覧ください!


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