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相模の乱・入院前騒動


 *このコラムはたけうちの父Gちゃんと母Bちゃんの介護記録です。
 介護は戦だ! GB包囲網戦 
 を含む介護コラムの一覧は下記にあります。

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 *ここまでのあらましと、これからのこと
 認知症の母Bちゃんと、失明直前の父Gちゃんの介護&看護の記録。
 今回から中盤戦に入ります。
 Gちゃんの二度目の角膜移植手術を迎え、施設利用と公的介護をかたくなに拒む老親ふたり。
 あたふたしつつ一人娘(たけうち)が、父を病院へ、母をショートステイへと送り込みます。
 今回もいろいろとハプニングあったりアクシデント噴出したりしますが、今となっては起きたこと全部、ほぼお笑いです。
 気楽に楽しんでお読みいただけましたら幸いです。


入院前騒動 

 Gちゃんが目の移植手術のために、再び他県の病院へ入院する日が近づいていた。

 Gちゃんの検査通院が始まるとBちゃんはたちまち混乱した。
 Bちゃんは十五分前の記憶が飛ぶ。
 Gちゃんを乗せた私の車が最寄り駅に着く頃、Bちゃんは何故Gちゃんが家にいないのか、わからなくなるのである。
 そして私の家に電話をかけてくる。
  短縮1、なのでここだけはかけられるのだが、私はGちゃんと一緒に駅にいるので電話に出ない。

 頼みの綱のムスメも不在、で、Bちゃんは、

「アタシ、どうしたらいいの!」

 パニックになってしまう。
 その結果、私の家の電話には実家の番号の着信記録が、十数個ズラズラと並ぶわけである。
 またBちゃんは、携帯電話というものがわからない。
 私の携帯の番号を大きな字で紙に書いて冷蔵庫に貼っておいても、しばらくすると、

「これ、数字並んでるけど何かしら?」となる。

「Lの電話番号……って書いてあるけど。あの子の電話はこんな変な数字じゃないはずよね」
 剥がして捨ててしまい、紙もなくしてしまう。
 だから通院から戻ってGちゃんを実家へ送り届けると、

「どうしてアタシになんにも言わずにどこかへ行くの? えッ、病院に行ってたの? そうならそうで、そう言ってから出かけりゃいいじゃないの! 心配して待ってるアタシの身にもなってよ!」

 Gちゃんに向かって怒りをぶつける。
 Gちゃんも我慢しないので、

「何度も言ったじゃねえか、この○○ババアが!」

 怒鳴り返して、どうしようもない展開になる。
 ふたりの通院のないときに、家事を手伝いに行きがてら、

「Gちゃん、この次の入院のときはBちゃんをショートステイに出そうよ」

 半年前と同じように私が言い、

「ダメだ。ああいうところはカネがかかると決まってるだ。バーサンは放っときゃいいだ」

 Gちゃんの意見は変わらない。

「そうよ。アタシの家はここよ。どこへも行きませんからね」

 Bちゃんの鼻息も荒い。

 前回の入院時に比べ、Bちゃんの認知症はかなり進んでいた。どう見たってこのままでいいとは思えない。
 なので私は再び、GBに内緒でBちゃんに介護をつけるべく、水面下で奔走した。
 毎日、夕方炊事時から入浴終了までヘルパーさんに見守っていただく。
 朝はこちらから電話して毎日の薬をきちんと飲んでいるか、確認する。
 昼間は私が実家へ行ってBちゃんの相手をする。

 その間、Bちゃんの状態をみてもう一度、あちこち掃除と片付けをするつもりでいた。
 じつはこのころ、Bちゃんの冷蔵庫は悪夢の復活をとげていた。半年前のGちゃんの入院時、私は冷蔵庫と台所を安全なエリアにすべく、古いものは捨て、新しいものを入れして、全庫一掃大処分を決行した。

 しかしながら今や再び冷蔵庫は半年分のゴミ箱も同然という状態になっていた。むろん悪臭のほうも復活している。夏場はことに腐敗も腐臭もきびしいことになるだろう。
 ここで片付けてもまたすぐに、腐敗の巣窟になるだろうけれど、できることは少しずつやっていこう。
 掃除用具を整え、ゴミ袋、ゴミ箱、除菌スプレーに除菌ティッシュ、手袋とマスクと、あれこれ買い込んで車に積み込み、その日を待った。

 二〇〇九年七月。Gちゃんが他県の病院へ再入院する日が決まった。
 そうして予想外というか、否むしろGB戦らしく『やはり……!』というかんじで(だいぶ前の大河のお江さんの台詞の雰囲気で!)、入院前の最後の通院の日に、小さな事変が持ち上がった。

 その日、

「じゃ、別荘へ行ってくるからよ」

 Gちゃんは意気揚々と私の車に乗り込んだ。見送るBちゃんはエプロンを揉んだり伸ばしたりして涙ぐんでいる。

「身体に気をつけろよ、くらいのことBちゃんに言ってやればいいじゃん」

「へっ!」

 じつはこの「へっ!」はGちゃんの勝ち鬨である。自分の不在でBちゃんが心細いと感じていることが、Gちゃん的には快感らしい。
「それみろ。俺がいなけりゃお前なんて」という優越感に酔いしれているから、Bちゃんを気遣うほうまで気が回らないのだ。
 というより、昭和初期生まれの男にかなりの高確率でありがちな『家庭内では俺が神様殿様大黒柱、敬え従え跪け』現象なのだろうな…とは思う。あまりにもあまりで、我が親ながら情けない。

 しかたがないので、実家を出てから病院までほぼ一時間に一回、わたしからBちゃんに電話をかけた。

『え? 今どこからかけてるの? まあっ、東京? えっ、病院に行くの?』

 毎回、新鮮に驚くBちゃんである。
 Gちゃんは自分の目のことで頭が一杯なので、Bちゃんの心配などしない。
 しかし乗り換えの駅を歩きながら、ふと、この前と違ってGちゃんが私の支えを振り切らない……と気づいた。前回よりGちゃんは弱ってきているのだ。

 ただし、「こういうところのメシは不味いな」てな具合に、駅で買ったサンドイッチに文句は言う。口だけ減らないGちゃんである。

 そうして数時間かけて病院に着く。
 ここへの通院も十数回めなので迷ったり戸惑ったりしない。
 まっすぐ眼科外来に行って、視力検査を済ませ、診察後に入院前相談の指示を受けて面談室へ移動する。
 病院に入ると携帯電話は使えない。面談と会計手続きを手早く済ませて外へ出なければ、Bちゃんを安心させなければと、アセアセしていると、

「G様のご家族様。ご家族様だけ、ちょっと」

 CW(ケースワーカー)さんが呼びにきた。
 家族だけ? ってなんだろうと思いつつ廊下に出る。

「今回、聞き取りでは、患者様に認知症の症状があるそうですが」

「はい」

「ではご家族様に付き添いをお願いします」

 はい? 付き添い? なんですかそれ。

「高齢者の場合、入院すると認知症が急に進行して、徘徊、暴力などの症状が出ることがありますので、二十四時間、ご家族様が付き添いしてください」

 患者による暴力……への警戒かしらん。

「父は今、ほとんど見えないんで、徘徊してもこの階どまりで、たいして遠くへは行けないと思いますが」

「でも、病棟が困ります」

「家族にはワガママを言いますけど、他人に暴力をふるったりはしません。それに見えないんで、暴力のふるいようがないと思うんですが……」

「でも入院したあとに、認知症がどうなるかは、わからないですよね。ご家族様付き添いは必要です」

 CWさんの口調は厳しい。

「治療以外の患者様の行動については、ご家族様が責任持っていただきたいんです」

「完全看護じゃないんですか」

「当然、完全看護です。でも他の患者さんに迷惑になるような行動をされるようですと、強制的に退院という事態も考えられますから」

 なんてこった……。

「二四時間といっても、起床から面会時間終了までの付き添いが原則ですから、近くのホテルを利用して、通っていただいても結構です。また、食事は出ませんがご要望があれば病室にベッドを用意します。その場合、個室利用料と差額ベッド料金が」

「ちょっと待ってください!」

 思わず遮った。

 CWさんは厳しい表情で(何を待てというのか)と言いたげに、私を見つめていた……。

 院内マル暴? に続く


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