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煩悩喫茶Agua「あの子のために泣いてもいいですか?

いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。

ご注文:アメリカンとチーズサンド。サンドイッチは他に、卵とコンビーフもございます。

「中身は、きゅうりとチーズだけでしょう? 何でこんなにおいしいのかしら」

 ありがとうございます。おかげさまで評判が良いんですよ、何てことない材料なんですけどね。きゅうりは皮をむいて厚めに切る、ちょっと塩気の強いオランダ産チーズを使う、マーガリンの代わりに塩とマスタードを混ぜたオリーブ油を塗ることぐらいでしょうか。

「最近悲しいことがあって、あんまり食欲がなくて・・・でもこれなら、ちょうどいいわ」
 かわいがっていた犬が、先月虹の橋を渡っていった。なぜもっと早く病気に気づいてやれなかったのか。もっとこうしてあげればよかった。気がつくと、そんなことばかり考えている。
「でも、主人ったら『しょせん犬だろ、いつまで泣いてるんだ』とか、息子も『また飼えばいいじゃないか』なんて言うんですよ。ひどいでしょ、全然わかってないの」

 ご主人や息子さんは、お客様に早く立ち直ってほしくて励ますつもりなんでしょう。ペットを亡くした悲しみって、そんな簡単におさまるものじゃないんですけどね。

「ですよね。お友達にも、ワンちゃんを亡くして1年以上経つのに、まだわけもなく泣いてしまうって方がいるの。周りからも『そんな風では、あの子も心配するよ』って言われてるし、私も早く気持ち切り替えなきゃと思ってはいるんですけど・・・」

私もむかし犬を飼っていたんで、ペットを失った時の気持ちはよくわかります。かわいくて、りりしい柴犬でした。

「え、本当に? 何で亡くなったですか?」

 実は・・・いつ、どこで、どうやって死んだのか、わからないんです。
病気になったんですけど、獣医さんは「手術してもどうにもならない、薬で抑えるしかない」と言われまして。病気がだんだん重くなって、ひどい咳が近所迷惑になるから、両親は安楽死させると言うんです。もちろん私は猛反対して、毎日のように親子ゲンカですよ。そしてある晩、家出してそれっきりなんです。

「まあ・・・・・・」

 たぶん自分でも、もうすぐ死ぬこと、その前に薬殺されそうとわかっていたんだと思います。かなり遠くまで探したし、動物保護施設も行ったけど見つかりませんでした。例え見つかっても長くなかったのに、5~6年は似た犬を見るたびに、思わず走り寄ってましたよ。

「看取るのも辛かったけど、行方不明のままっていうのも悲しいですね」

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