見出し画像

日本統治時代の台湾に関連した書籍ならコレが個人的ベスト1

次のシリーズを始める前に、私が書く台湾関係の記事の中で、今後ひんぱんに登場する本をご紹介します。
 
『植民地台湾の日本女性生活史』明治編・大正編・昭和編(上・下)全4冊
竹中信子著 田畑書店 1995~2001年発刊

 著者の竹中信子先生は1930年、宜蘭県蘇墺(そおう)の生まれ。ここは冷泉(水温の低い温泉)と漁業で名高い町です。某大名家の分家出身の祖父は、日本統治の開始と同時に、北白川宮率いる近衛師団とともに台湾に上陸。のちに蘇墺に移り住み、冷泉を観光資源に発展させたことから、「冷泉の父」と呼ばれました。その孫である先生は15才で日本へ引き揚げ、中年以降は台湾関係の団体役員を務めたり、台湾の歴史・文化の研究を手がけています。
*タイトル写真は、冷泉の屋外エリア。裸で入る個室もあります。
 
 東京の港区六本木に、日本台湾交流協会の東京本部があります。日本統治時代について調べ始めていた時期、私はここの図書室にたびたび通っていました。
図書室 | 公益財団法人日本台湾交流協会 (koryu.or.jp)
台湾関係の資料が豊富に揃っており、特に歴史を調べたい方にとっては宝の山のような場所です。今では予約制で、事前に決めた図書を借りるシステムのようですが、私が通っていた10年ほど前は、開架式で自由に所蔵資料を手に取ることができました。そこで出会ったのがこの本です。

「何だ、女性史限定か」と、明治編を軽い気持ちで読み始めた私は、読むうちにどんどん引き込まれてしまいました。
 実際は、日本時代の台湾で発行されていた膨大な新聞記事を元に、さまざまな資料や生存者の証言で肉付けした『日本統治時代史大全』といっていい内容だったからです。ところが巻末の著者略歴を見ると、大学教授などではなく、音楽や書道教室の先生というではありませんか。このわかりやすさは「専門家ではないからなのか」と合点がいきました。何よりも女性に視点を当てながら、結局はあの時代の台湾社会の全貌が目に浮かぶ切り取り方と描写が素晴らしいのです。

 例えば、明治編の18ページ目の終盤。時は明治28年6月上旬、日本軍が台湾の基隆に上陸すると、台湾人はみな恐ろしさであちこちに隠れてしまいます。そこで「日本人はただでは取らない、ちゃんと金を払う」と市中に呼びかけると、
どこからか子どもたちがアメ玉などを恐る恐る売りに出てきて、ヒゲ面の兵士たちを喜ばせた
 私はこの一文で、すっかり感服してしまいました。明治時代の男性、特に軍人や警察官は、よくヒゲを生やしていました。そこへ「大丈夫そうだから売りに行ってこい」と親に言われた子供たちが一人また一人と出てきて、アメをおずおずと差し出すと、そのかわいらしさに日本兵がニッコリ笑う――そんな場面がありありと目に浮かぶ、プロの作家でない方が、よくこれほどの描写ができると驚きました。
 
 それから少し経って、私は先生と偶然お目にかかる機会を得ました(それはまさに奇跡でした)。先生は柔らかい雰囲気とは裏腹に、頭の中はAIかと思うほど台湾に関する知識がぎっしり詰まっており、何を尋ねてもすらすらと答えてくださいました。それほどの方が15年もかけて調べた内容だからこそ、「日本統治時代史の資料を一つだけ選ぶならコレ!」と私は自信をもっておすすめできるのです。
 
残念ながら現在この本は入手困難のようです。数年前に先生から聞いたところでは、復刻版が出るかもしれないとのことでした。こんな貴重な資料を絶版にしたら、日本国にとって損失では?とさえ思います。1000年前の源氏物語がまだ読まれているように、いつまでも発刊され続けてほしい。切にそう願わずにいられません。
 4冊のうちまずは1冊というなら、明治編がおすすめです=統治初期に日本人がいかに過酷な状況下で奮闘してきたかが描かれています。


いただいたサポートは、記事取材や資料購入の費用に充て、より良い記事の作成に使わせていただきます。