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台湾原住民3~原住民を愛した日本人の物語・前編~

原住民研究に命を燃やした男・森丑之助

 蕃は「蛮」の同意語です。この字が示す通り、原住民を見下す日本人はいました。しかし一方では、蕃人と蕃地の魅力に魂を奪われてしまった日本人もいました。その代表といえるのが森丑之助で、彼のことは『幻の人類学者 森丑之助 台湾原住民の研究に捧げた生涯』に詳しく書いてあります。
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森は学者ではなく、あくまで一般人です。はじめは興味本位からでしたが、その後蕃地調査にのめりこみ、いつしかその知識と経験では彼以上の者はいないという存在になっていきました。やがて彼の意志は、蕃地研究が高じて「日本統治下の台湾で、蕃人がより幸せに暮らすには」という方向性に移っていきます。しかし蕃地を開発して森林資源で利益を上げることにまい進していた総督府は、彼の考え方を受け入れません。
 日本国内では、彼の研究成果を評価して経済援助する動きもあったのですが、「蕃人の幸福」だけに熱心だった彼は、その機会をうまく生かすことができませんでした。そして「自分一人ではどうにもならない」と燃え尽きた彼は、大正15年に妻子を残して、日本行きの連絡船から海中に身を投じたのでした。
私は以前、義愛公について書きました。
番外・日治台湾の病気事情~日本人の神様をまつる台湾の漁村~|滝上湧子(たきがみ わきこ)|note

そしてこの人。
「台湾の人々のために」と熱心になりすぎるあまり、周囲の日本人たちと対立したり誤解された彼らは、いずれも自ら命を絶っています。純粋すぎて体制の中を上手に泳ぎまわれない人間には、こういう末路しかなかったのでしょうか。
 そしてこの本の中で印象的だったのは、まだ原住民たちが首狩りの風習を持ち、多くの日本人が首を取られていた当時にあって、「こういう蕃人がいたからこそ、山地の自然が守られた。もし蕃人がいなければ、台湾の山地は、シナ沿岸のように丸裸になっていただろう」と分析していたことです。
「女性は夫に従うだけではなく、自分の興味ややりたいことを持つべきだ」とも言っていた彼は、「生まれるのが早すぎた」一人だったのかもしれません。

屛東県三地門の民宿にあったベンチ。
なお表紙写真は、三地門で販売していたパイワン族の手作りアクセサリー


復刻を願う!蕃地文学の名作

 次にご紹介するのは、坂口䙥子の『蕃地』という作品です。
作者は大正3年熊本県生まれ、八代で小学校教師をした後に昭和15年に結婚によって渡台、戦後日本へ引き揚げ、平成19年に死去しました。約6年の台湾生活のうち、戦争末期を霧社に近い蕃地で過ごし、その体験をもとに数々の作品を発表しました。中でも、昭和28年に新潮賞に選ばれた『蕃地』と、昭和35年に芥川賞の最終選考に残った『蕃婦ロポウ』が名高いそうです。
 実は、この2作を含む作品集をたまたま読むまでは、この方を全く知りませんでした。
 ところが読んでみて、女性が書いたとは思えない生々しく骨太な作風に驚きました。蕃地には1年足らずしか住んでいないのに、ここまで原住民の考えや日常を把握できるとは!しかも作品は血や汗、体臭まで匂ってきそうなほどリアリティがあり、その迫力に圧倒されました。
『蕃地』のあらすじですが、主人公・純は日本人警察官と原住民女性の間に生まれた青年で、霧社近くの小学校教師です。彼は差別を恐れて出自を隠し、日本から真子という花嫁を迎えます。時代は霧社事件の数年後。純の母親、純を慕う村娘、その娘を妊娠させてしまう日本人軍人などの人間ドラマを繰り広げながら物語は進み、やがて終戦を迎えます。
 そして純と真子夫婦は・・・「続きは実際にお読みになってみて」と言いたいところですが、作品を読むのはかなり困難です。なので結末をお教えします。
 純は養子を迎える(上記の村娘と軍人の子供)にあたり、自分の戸籍が「原住民の私生児」だった事実を知ります。真子との結婚も父がまとめたぐらい、父子の関係は良好だったので、「紙の上では父親から捨てられていた」ことにショックを受けます。
 そして夫が純粋な日本人でないことを知った真子は、その真実に苦しみながらも、日本に戻らず純とともに蕃地に留まる決意をするところで物語は幕を閉じます。
 日治台湾では、原住民に対する偏見も存在していたことも事実です。この作品でも、純が実母を真子に近づけまい、知られまいと必死になる苦悩が描かれています。と同時に、他資料で「原住民女性は(村に赴任してくる)日本人巡査や軍人に憧れた」と読みましたが、そういう点も盛り込まれています。

私はこの作品を、東京・六本木の交流協会図書室で借りました。
 日本統治時代の台湾に関連した書籍ならコレが個人的ベスト1|滝上湧子(たきがみ わきこ)|note
埋もれてしまったことが本当に惜しい一編です。


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