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台湾原住民・完結~原住民を愛した日本人の物語・後編~

台湾山岳文学の珠玉の一品

山と雲と蕃人と―台湾高山紀行 | 鹿野 忠雄 |本 | 通販 | Amazon

私にとって「うまい文章」とは、
1に表現描写が優れていること。普通思いつかないような比喩でありながら、でも「わかる!」という文章を読むと、自分の文章の引き出しが増えたようにうれしくなります。
2に美しい言葉であること。飾り立てたという意味ではなく、あくまで正しい、でも品の漂う言葉を使っていること。
この『山と雲と蕃人と』がまさにそうでした。これほど「うまい!」と思った(自分好みという意味ですが)作品は、これでやっと3度目です。
1)吉屋信子の歴史小説『徳川の夫人たち』(大奥のお話)
2)辛永清のエッセイ『安閑園の食卓』(これも台湾好きには有名な本)
2)と本作の著者はプロの物書きではない=辛さんは料理研究家、そしてこの本を書いた鹿野忠雄(かの ただお)は理学博士なのです。
 
 内容は、台湾中央山脈の登山紀行。地域も季節もだいたい同じなので風景はさほど変わらず、本来ならば、似たような記述が続くはずです。ところが「形容の魔術師」とでも名付けたい鹿野にかかれば、緻密かつ美しい表現がびっしり。私は読みながら「世にもまれな宝石細工のようだ」と思い、何度ためいきをついたかわかりません。
 たとえばスコーンと抜けた青空を、何と表現するか。 
この本でひんぱんに登場するのが「セルリアンブルー」(ググってください)。こんな言葉初めて見ましたが、ネットで色合いを確認すればその選択眼に感心するはずです。
 そして晴れた夜空は「黒水晶」。巷によくある夜空の形容表現は「漆黒」ですが、そういうベッタリした黒さではなく、「黒いけれど、どこか透明」という意味合いを黒水晶としている点に、思わずうなってしまいました。
 鹿野は案内+荷物運びとして原住民を雇って登山しました。「鹿を見ると(狩猟民族の習性で)ダーと追っかけてしまう」彼らの描写や、山で出会う動植物の様子なども、山岳ものはド素人の私が読んでも目に浮かぶ表現ばかり。私は登山系にさして関心はないし、かなりの長編なのに、読むのが全く苦になりせんでした。台湾の背骨である山々と、そこに暮らす人々に深い愛情を抱いているからこそ、ここまで具体的で鮮やかな文章を書けるのでしょう。もしこの人が架空のストーリー作りも手掛けていたら、台湾を舞台にした、山岳小説の世界的な傑作が生まれていたかもしれません。

 本のタイトルは、鹿野夫人の提案だそう。内容にぴったりじゃありませんか! 奥様も感性豊かな方のようですね。表紙・裏表紙の山々の絵は、鹿野のスケッチから採ったものだとか。山並みの上にセルリアンブルーの空が広がる表紙もまたステキです。私は読み終えた後、表紙のこの空の中に、自分の魂がスーと引き込まれたような気がしました。
◎表紙写真は、台東市街から見た中央山脈。この地域は、今も原住民が多く暮らしています。

まとめ・日本の蕃地支配とは

 台湾総督府は、日本化するために原住民の村や文化をブルドーザーのように破壊したわけではありません。その証拠に、森丑之助を含む多くの日本人が原住民の調査研究を行い、それに基づく蕃地統治をやろうとしたのです。台湾原住民1で、私は阿里山登山の心得を引用して、「日本人が蕃人を尊重していた」と書きました。日本の蕃地支配は、白人による原住民迫害とは完全に異なるものと私は確信しています。
 とはいえ、原住民と日本人の間に対立があったのも事実で、昭和5(1930)年には原住民の武装蜂起「霧社事件」が起きました。同事件に対してはさまざまな見解がありますが、生存者の証言をまとめた『植民地台湾の日本女性生活史(昭和編 上)』を是非読んでいただきたい。4日間にわたって殺された犠牲者、特に女性や子供たちは「『せめて同じ日本人には、自分たちの苦しい想いを知ってほしい』と思っているはず」と私は強く感じるのです。同書の明治編・大正編では、蕃地勤務の想像を絶する過酷さ、その中で生まれた日本人と原住民の感動的な人間ドラマが多数紹介されています。

三地門の街角にて。イノシシ肉や、そのソーセージを焼いて売る屋台

なぜ入手困難な本をあえて紹介したか

 今回紹介した『蕃地』と『山と雲と蕃人と』は、現在では、中古書店に出るのを待つしかない状況です。なぜほぼ読めない作品を紹介したかというと、これほど優れた作品が埋もれていくのが本当に惜しいから。この数年の間に、『佐藤春夫 台湾小説集』と内田百閒の『蓬莱島余談 台湾・客船紀行集』が、中公文庫から発刊されました。70~80年以上前に書かれた作品が今頃になって再び世に出てきたのは、台湾に関心を持つ日本人が近年増えている証拠でしょうか。だとしたら、この2冊も復刻される日が来てほしい・・・そんな願いを込めてご紹介しました。
 
原住民のお話は今回でおしまいです。
私の記事を読んで、「次回の台湾旅行では、烏来か三地門に行ってみようかな」と思うことがあれば幸いです。


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