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⑦ エース安藤

北川とその彼女は今夜デートの約束だったのにオレが急に久しぶりに電話をかけて会いたいとか言うもんだから「面白い奴だし、親友だから紹介がてら、一緒に飲もうよ」となったらしい。

このカフェは北川が店長だから、勿論、元々はここでデートする筈は無かったが、気軽に(安く)飲むにはここが良いとセカンド 名セカンド北川の素早い良い判断だった。

「それで?サード久富、どうして東京に?」
「セカンド北川、あ、名セカンド北川こそ、なんで店長なんだよ?」
オレは照れ隠しに答えをはぐらかした。北川の彼女も居るし。

「久富、俺は食品会社に入ったけど、独立したくて、ずーっと色々と勉強や研究してきたんだ。郊外の安い家賃でオッさん向けかファミレスとかが多い街に、少しだけお洒落だけど単価が高くないカフェなら採算取れると読んで、そんな店をやりたいんだ。まずは人の店だけど、店長をやって全てを把握することにしたんだよ。野球部「イカ天」会に二回しか行けなくてすまなかったけど、俺も必死だった。」

オレはセカンド北川のしっかりした意見と考え方に圧倒されていた。オレは会社もカッとなって辞めて、美貴にも見捨てられ、子ども二人をも育てられないダメ人間だ。

「久富?どうした?サード久富くん!話したい事があったんだよな?」と北川。
彼女さんは微笑んでいる。

「久富、コイツは、俺の彼女でお洒落な感じだけど、何を聞いても大丈夫だ。信頼してオッケーだ。大震災で両親祖父母ともに亡くしてほぼ天涯孤独だが、こうして会社員やって一人暮らししてる。そして、彼女には俺が居る。何を話しても大丈夫だ。」

やっぱり、北川は名セカンドだった。
オレは、でき婚、会社を辞めた事、美貴と離婚した事、すべてを2人に話した。

名セカンドは言った。
「いいか?サード久富は俺より打率も打点もホームランも上、守備も走塁も上だった。更に敢えて言えば地アタマも良いから大して勉強しなくても成績は悪くなかった。オレはセカンドでサード久富より、打率も打点もホームランも守備も走塁も負けてた。いや、エラーだけはお前よりは少なかったか(笑)」
北川の彼女も笑う。
「勉強は必死にやって必死にやってお前サード久富やエース安藤に追いつけなかったんだよ?お前なら何でも出来るよ!俺が店長できるならお前は自分の店が出来る。絶対だ!」

オレは名セカンドの名スピーチに泣いていた。

分かった!
オレはやる!
もう一度やる!
腹の底からそう思った!

その時、オレのスマホが鳴った。

樋口幸子、改めて安藤夫人となった安藤幸子からだ。オレが美貴と離婚してから、飲み会は流れていたから久しぶりだ。

「久富くん、久しぶり。あ、安藤が、、、」
「幸子?エース安藤がどうした?」
「安藤くんが入院しちゃったんだけど、久富くんに会いたいって言ってるんだよ」
「え?いまオレ、名セカンド北川とも一緒にいるよ」
「久富くん、北川くんとお見舞いに来て、、、安藤くん、安藤くんは骨肉腫なんだよ」

アレ?
時が止まったように感じた。

あの地区大会決勝の安藤が左中間の青空に打った白球を思い出した。
アレは?
アレは、レフトに捕られた?

いや、入った!
スタンドに入ったんだ!
サヨナラホームランだったんだ!

サヨナラ、、、、

続く

https://note.mu/takigawa/n/nf4b7f07b2e74

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