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⑥ 東京にセカンド北川が居る

自暴自棄で会社を辞め、勢いで美貴と離婚したオレは逃げ出すように東京に出た。美貴が心底嫌いになった訳ではなかったが、もう何もかもが嫌になった。

大樹と祐太郎も美貴に渡してきた。無職の男が子ども二人を育てられる筈がない。

とりあえずは、飲食店のバイトで食いつないだ。昔たまに地元の「イカ天」のおばちゃんを手伝って、その分で毎日変わらない「日替わり定食」をご馳走になっていたからか、飲食の勘は悪くないと勝手に思っていた。

2ヶ月ぐらいして、東京に少し慣れてきた時に野球部の「セカンド北川」を思い出した。いや、正確には東京にセカンド北川が居るだろうとは覚えていたが、キチンとした食品会社に入った北川にいきなり会わせる顔がなかったのがホンネだが、そのホンネを自分に対しても誤魔化して忘れているようなフリをしていたんだ。

「イカ天」での野球部同期飲み会に確か一回しか来なかった(来れなかった?)北川の就職した食品会社の名刺を取り出し、バイト休みの平日に、そこにメールした。

【件名:たまには飲もうぜ!グチ聞いてくれ!】
3番 名セカンド北川へ

5番サード久富だ。
訳あって東京に来た。
時間あったらたまには飲もうぜ!
「イカ天」みたいな安い店知らないか?
連絡よろしく!
久富

数分後、「メールが届かない通知」が届いた。

アレ?
オレは名刺の電話番号にかけた。
「北川さん、いらっしゃいますか?」
「どちら様でしょうか?」と若そうな女性の声。
「高校野球部の同期サードの久富と言えば分かると思います。」
「サード?(笑い声)あの?」
「あ、ポジションです!いやサードは忘れてください!北川くんは?」
「北川は退社しました。」
「え?まだ午後5時ですよ?さすがホワイト企業ですね!」
「いや、そっちの退社じゃなくて、会社を辞めてます。」
アレ?
「え?分かりました、、、セカンド北川くんにサード久富が会いたいとお伝えしていただけませんか?」
「セカンド?(笑い声)あの、ワタシ北川さんの携帯知ってるので伝えて置きますね。(笑い声)」
「よろしくお願いいたします!」

北川も会社、辞めたのかぁ。
オレと一緒だな。
北川も辛いのかな?

なんと、すぐ5分後には北川から電話が来た!

「セカンド北川です(笑)」
「おぉ!北川!サード久富だよ!(笑)レス早いな!東京に居るんだよ、会えるか?」
「慌てるなよ(笑)」
「どこか「イカ天」みたいな安い店でいいから割り勘で行こうぜ!」
「いつ?」
「いつでも!今日は!」
「今日?今夜か、、、オッケー!連れていきたい店があるから、サード久富、迷わず来いよ」

セカンド北川は、オレが降りた事がない郊外の駅そばにある小さな小さなお洒落なカフェを指定した。オレは金が少し心配だったが、北川に会える事が嬉しかった。

19時30分にはカフェに着くと北川はカウンターのそばで立って待ってくれていた。
オレは「セカンド北川〜!」と叫びハグした。本当は泣きそうだった。

北川は「まぁ、座ろうよ。」慣れた身のこなしでいちばん奥の常連さんが通されそうなテーブルに向かったが、北川が座ろうとしたそのテーブルには白いワンピースにベージュのカーディガンを着た綺麗な若い女性が座っていたので、
「をいをい、セカンド北川、エラーだよ」と突っ込んだ。

その若い女性が立ち上がってしまったので、オレは思わず謝り「コイツのエラーです」と言うと、女性が「この方がサードの久富さんね?(笑い声)」と言った。

アレ?
なんだ?

その女性はさっき北川の居た会社で電話に出てくれた女性、そして3番 名セカンド北川の彼女だった。
しかも、このカフェは北川が店長だった。

続く

https://note.mu/takigawa/n/n5c85f5dce240

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