ポール・マッカートニー TIME
ここにポール・マッカートニー アンド ザ ウイングスのアルバム「Venus and Mars」がある。
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男は車の窓から、ふと何の気なしに対抗車線側のビルを見た。
何と言うことのない雑居ビルだ。
「レコード」「買取」のような看板が見えた。
「ん?TIME?」
男の記憶の中を何かが走った。。。
ここは?
あ、昔、良く来た?
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「ビートルズ聞こうぜ!」と中学の同級生のM田は言った。
「昨日のラジオ凄かったな! You say Yes! I say No!♪ "Hello Goodbye" いいわー!」と同じクラスのI嶋は返し「うち、兄貴が好きだから、ビートルズのレコードあるよ。」
M田は「じゃーお前んちに行こうよ。」と、勝手に超乗り気になる。
男は「俺だって、姉貴が良く聞いてるよ、擦り切れてるけど。」とつぶやく。
M田「じゃー、今日、I嶋んちな!」
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I嶋んちは、小学校のまん前の庭付きの一軒屋で、小学校時代は同学年の奴は誰でも知っていたが、中学に入ってからは、たまり場というほどでもなかった。
その日の放課後に、I嶋んちにM田と遊びに行った僕らは、レコードの多さに驚いたが、多くはI嶋のお父さんのクラシックとJAZZのレコードだった。
しかし、I嶋の兄貴のビートルズのレコードも5、6枚あった。
M田「聴こうぜ。聴こうぜ!」
男「おまえんちかよ!」
I嶋「じゃー、昨日、かかった"Hello Goodbye"から聞こうか。」
I嶋がうやうやしくレコードを取り出して、シンナーのような匂いのするクリーナーを吹き付け、フェルトタッチの黒板消しの弟みたいなホコリ取りで、青いリンゴの描いてあるレコードの表面を、ゆっくり丁寧に撫でる様に埃を取る。
そして、レコードの端と端を持って、ターンテーブルに載せ、NAGAOKAと書いてある針を慎重に、慎重にレコード盤に落とす。
たちまち、イントロ無しで流れだすポールとジョン達の歌声。
♪You say Yes! I say No!♪
♪You say Hi! I say Low!♪
もっとも当時はポールもジョンもユニゾンで、リードボーカルがどっちがどっちやら、彼らには良くわかんないことも多かった。
最初から興奮しぱなしだった彼らはそのビートルズが何回目かのリバイバル的な流行りであったことも、全然、気にならなかった。
彼ら三人はクラブも一緒だったから、放課後には無理やりI嶋んちに行って、ビートルズを聴いて過ごした。もう、赤盤、青版と呼ばれるベスト盤が発売され、ビートルズはとっくに解散していた。
ある日、M田が「これお前んちに無いよな?」と、手に宝物のように、ビートルズの「リボルバー」を持っていた。
男は少し驚いた。3000円近くもするレコードを中学生が新品で買ってきたのだ。
I嶋は家にたくさんレコードがあるので驚いても居なかったが。
やがて、3人でシングルのB面の曲まで探り出し、200数曲しか無いビートルズの曲を聴きつくしてしまったが、男は姉貴の持っていた、曲的にはちょっと寄せ集めアルバムの「BEATLES?」をI嶋んちに持って行くのが精一杯だった。
なぜか、そのアルバムに収録されている「Yes It Is」という曲がライナーノーツで「名曲」と書いてあり、男は、何となく鼻高だか、だったが、ある日、I嶋が「あれってそんな名曲じゃないよな」と言っていて、男は、何だか傷ついた。いや、実際に大して名曲じゃないんだけど。
ビートルズ全曲を聴いてしまうと、ビートルズ大事典のような本を読破し、互いにビートルズクイズを出しあい、それも飽きてしまうと、それぞれの解散後のソロアルバムに興味が向かった。
I嶋は兄貴のギターを時折持ち出し、M田は左利き用のエレキギターを買って弾き出した。お世辞にもうまいとは言えなかったが、まだレコードに合わせて、がなるだけの男より、さまになっていた。
やがて、三人の興味はロックに移っていったが、あのレコードに最初に針を落としたときの熱狂は戻らず、三人は高校は分かれてしまい、三人だけで会うことはなかった。
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高田馬場の近くにその店はあった。いわゆる輸入盤、中古盤の店だ。日本国内版は歌詞カードや解説のライナーノーツがついているが、輸入盤はもちろん歌詞カードもライナーノーツも無いから、聴いただけで嬉しい、みたいなレコードしか買えない。しかし、安い。国内正規盤が2500円するとすると、輸入盤は2000円以下、1800円位で買える時もある。
M田が「ジョンがすごいよなぁ!」と言ったせいか、男はポールが好きということになっていた。もっともI嶋もポールが好きだったんだが。
高田馬場の近くのビルの2階の中古輸入レコード屋は大人の雰囲気がした。
中学生が入るような感じではなかったが、何しろ安いので必死に探した。その時、ポール・マッカートニー アンド ザ ウイングスは、前作、「バンド・オン・ザ・ラン」で大ヒットを飛ばしていて、I嶋んちには早くもそのアルバムはあったのだが、新作「Venus and Mars」は、まだM田もI嶋も持っていなかった。
「あった!」男は、探していた新作「Venus and Mars」を見つけた。新品同様だ!
しかし、高い。
安い筈なのに2100円もする。国内盤と大して変わらない。
でも、今日現在まだI嶋とM田も持っていないに違いない。
男は意を決して、新作「Venus and Mars」をキャッシャーに持っていった。
店のオヤジが「中身を確認しますか?」と言ったが、
何だかドキドキして男は「は、はい!」と上ずった声を出した。
店のオヤジがクスっと笑った気がした。
そりゃ制服姿の中学生だもんな。
店員は、レコードを丁寧に取り出し、レコードの盤面を見せてくれたが、男は「はい、いいです。」と上の空っぽく答えた。
店のオヤジは、また微笑んで、裏返してB面も、ゆっくり見せてくれた。男は「しまった、返事が早いよ、俺」と思うが、
傷一つなく盤面はキラキラしていた。
「大丈夫です。」と男は答えて、
店のオヤジが「2100円です。」と言うのを聞く前に、
財布から千円札を三枚取り出した。
翌日、I嶋んちに新作「Venus and Mars」を持って、M田も驚かせ、男は非常に満足だった。
「Venus and Mars」からは、あの娘におせっかい(Listen to What the Man Said)、という世界的な大ヒットが生まれ、男は自分のことのように嬉しかった。
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その店は「TIME」という名前だった。
男は同乗していた女性を連れて「TIME」に向かった。
造りは変わっているが、名前は変わっていない。
「しかし中古「レコード屋」なんて、成り立つのかな?」男は思った。しかし、1階ではCD、DVDの中古を扱っていた。
「そりゃ、そうだ。誰もレコードプレイヤーを置いてないだろう。」
しかし、ふと2階の方を見ると「レコード」と書いてある。
男は女性と二人で2階に上がっていく。
2階のドアを開けると、確かにレコードを売っている。ホコリくさい。
店の右側はどうやら、クラシック。
「なるほど、クラシックの名盤はレコードも多そうだ。」
店の入って左側にはROCK、JAZZのレコードがあり、ふと見ると「UFO」のアルバムがある。
「懐かしいなぁ。Lights Outかよ、マイケル・シェンカーかよ。」とつぶやく。
アルファベット順に並んでいる。
前に、DJ風情の若者が、両手を使って凄い勢いで、レコードをめくっている。
一秒2枚といったペースだ。
コートを着たオッサンが入るような雰囲気ではないが、なにしろ、久しぶりだ。
その時、ポールマッカートニーというラベルが見えた。
男は探し始めた。
「あった!」男は、探していた「Venus and Mars」を見つけた。
流石に中古品だ。
しかし、安い。
ビートルズものは高い筈なのに400円しかしない。
iTunes2曲分と大して変わらない。
でも、今日現在ではI嶋とM田も、もう、持っていないに違いない。
男は意を決して、中古の「Venus and Mars」をキャッシャーに持っていった。
店の若い店員が「中身を確認しますか?」と言ったが、
何だかドキドキして男は「は、はい!」と上ずった声を出した。
店員がクスっと笑った気がした。
そりゃコート姿のオッサンだもんな。
店員は、レコードを丁寧に取り出し、レコードの盤面を見せてくれたが、男は「はい、いいです。」と上の空っぽく答えた。
店員は、また微笑んで、裏返してB面も、ゆっくり見せてくれた。
男は「しまった、返事が早いよ、俺」と思うが、たいした傷なく盤面はキラキラしていた。
「大丈夫です。」と男は答えて、
店員が「400円です。」と言うのを聞く前に、
財布から500円玉を一枚取り出した。
男は「30年前の2100円と今日の400円で、合わせて国内正規盤の2500円と同額か」とつまらない事を思った。
店員が「100円のおつりです。」と言って100円玉を渡してくれたときに、
男は「昔からこの店あります?」と言い、店員は「代替わりはしましたが変わらずやっていますよ。一年前に模様替えするまえ店構えと看板も同じだったんですよ。」と答えた。
男は「30年くらい前に来てたと思うんですが。」と言うと
店員は「40年位前からあると思いますよ。」と答える。
男は「このアルバム、その時、30年位前に買ったんで、記念に買っていくんですよ。」と言うと、
若い店員さんは「まだ40年位やってると思うんで、また30年後にも来てくださいよ。」と笑った?。
男はその言葉に、何だか嬉しかった。
男は、趣味でロックバンドのボーカル・ギターをやっている高校生の長女と一緒に、
その店「TIME」を出て、
振り返って「TIME、時、時間、か。いい名前だな。✨I嶋とM田は元気かな??奴らの分まで懐かしがってやるか」と思った。
ポール・マッカートニー & The WINGS "VENUS AND MARS"
2009年02月02日03:33初出
http://timerecords.jp/
http://outthere-japantour.com/
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