瀧澤克成の自己紹介その1

メルマガや動画でも何度もやった事がありますが、
ここ数年で知ってくれた方や新しいフォロワーさんも多いので
ちょっくら改めて自己紹介。

わたくし、瀧澤克成と申します。

昭和58年9月28日、横浜の磯子という場所で生まれました。
出生時は上野克成という名前でしたが、
まぁ色々あって瀧澤克成になり、更に滝沢克成になりました。

現在の本名は滝沢克成でございますが、
昔の名残や競合のことを考えて旧姓を名乗ってます。

11つ上と7つ上の兄を持つ末っ子三男でございまして、
両親は勝成と名付けようとしたところ、
叔父が「名前負けしたらあかん。」とアドバイスしたところで
克成という名前に落ち着いた様です。

「克成」ってちょっと珍しい名前ですよね。
でも読めないわけじゃ無いし、特殊なイメージでも無い。
珍しさとわかりやすさのバランスが凄く気に入っています。
叔父、グッジョブ。

さてさて、そんなワタクシ瀧澤でございますが、
みなさまご存じの通り、現在はライブ活動やYouTube活動、
ギター講師業などを通して曲がりなりにも音楽で生計を立てています。

「そんだけギターが弾けるんだから、元が音楽一家だったのでは。」
「音楽を勉強するために音大とか専門学校に行ったんだろうな。」
「小さな頃から音楽の教育を受けたんじゃないだろうか。」

そういう風に思う人も多いかも知れませんが、
これがまたビックリ、全然ビックリする位にそんな事はないのです。

学歴は高卒です。
しかも偏差値40半ばの決して良いとは言えない普通科の高校です。
大学や専門学校はおろか、ギターを習ったりした事すらありません。

強いて言うなら。

父が学生時代にビックバンドでウッドベースを弾いていた、らしいです。
ですが楽器を含め父から何かを教えてもらった経験は一切ありませんでしたし、
もっといえば父が楽器を演奏している姿すら見た事がありません。

幼少期の頃に触れた楽器はみなさんと同じように
学校で習ったリコーダーや鍵盤ハーモニカ。

一応、父の影響でガットギターが家にはありましたけれども、
本格的に手にするのは中学校に入ってからの事。

今回は僕が覚えている限りで、小学生の頃の話を書いてみましょうか。
まだギターを始める前、楽器に興味を持つ前の話です。


・小学生時代の話

子供の頃、僕はとある物が大好きでした。
みなさんもきっと大好きだったと思いますし、
今でも日常的に触れる機会がある物だと思います。

それは何かと言うと「ゲーム」です。

僕は他の子供達とご多分漏れず、
「テレビゲーム」が大好きだったのです。

「テレビゲーム」があまりに好きすぎて
子供の頃はプログラマーになりたいと思っていました。

「それはそれですげぇなぁ。」と思うかも知れませんが、
背景を知ってもらえればそうなる理由もわかると思います。

ウチの長男はいわゆるオタクだったので
家にゲームやらパソコンが沢山ありました。
PC8801とかPC9801とか聞くと40〜50歳くらいの方は
ピクッと反応するのではないでしょうか。

まさにそんな時代、パソコンがまだ20万~50万円と高価な頃。

価格や難易度が相まってパーソナルコンピューターという物が
一般家庭に浸透しているとはまだまだ言えない時代、
パソコンが超マニアの領域だった頃の話です。

そんな中、僕は非常に早い段階からIT機器に親しんでいたので
6歳くらいの時にはブラインドタッチが普通に出来てましたし、
小学生になる頃には簡単なプログラムを組めるようにもなっていました。

左右キーを交互に押してキャラクターを動かすレースゲームや、
トランプの神経衰弱の様なパズルゲーム。

ミニゲームの域を出ない簡単な物ばかりでしたが
図書館でプログラムの本を借りてきたりコードを書き写したりして、
それに飽きたらテレビゲームに没頭する様な毎日でした。

(そういえば小学校の図書室にプログラムの本が豊富にあったのも
それらを助長する一つの要因でしたね)

「自分もいつかすごいゲームを作ってみたい。」
「そんで色んな人に沢山プレイして欲しい。」
「このゲームは俺が作ったんだよって自慢したい。」

そうやって将来はプログラマーになるんだと夢を見ていました。


・自分を引っ込める癖

今振り返ると当時の自分は自己主張が苦手な子供だった様に思います。

他の子供が外をドタバタと走り回って叫び回っている時でも、
母の横で座って絵を描いたり紙を切った張ったの工作をしていました。

学校やイベントでおやつなどが配られると
一斉に子供達がたかるのを横目に見て
「早く行かないと無くなっちゃうよ!!」と急かす母に
「みんなが取ってからでいい。」と急ぐ事はなかったそうです。

端から見ればマイペースな子、と取れたのかも知れません。

本当は走り回りたかったし、おやつも一目散に欲しかったです。
でも「怒られたらどうしよう」「嫌な顔をされたらどうしよう」って感じて
それなら自分を表に出さない方が楽だ、と感じてました。

自己主張をしない方が楽だと思い始めてしまったのは
家庭環境に思い当たるフシが多々あるのですが、
それは今回置いておきまして。

そんな自己主張が苦手な僕はテレビゲームの中なら自由だったんです。


だから格ゲーはブッチギリに強かったです。
スト2は常に対戦相手をボッコボコにしてました(笑)。

こんな背景を知ってもらえれば、
僕がどうしてそんなにゲームに心酔したのかが
なんとなくわかってもらえるかと思います。


・プログラミングを通して知った事

ファミコン、スーファミ、PCエンジン、CD-ROMROM、
メガドライブ、ゲームギア、ゲームボーイ、プレステ、セガサターン。

世の中に出回っていたゲーム機はほぼ家にあった事もあって
毎日ゲームをしていた様な小学生時代でした。

なので、当時はすんごいぽっちゃり体質。
割とアンパンマンみたいな顔してました(笑)。

そんなゲームやプログラムが僕に教えてくれた事。


プログラムってめちゃくちゃ正直なので、
書いていない事はしてくれないし、間違えるとエラーになるんです。

「このキャラをこういう風に動かしたい」と考えた時に
どの命令文を使ってどうやって動かすか、どんな方法があるのか。

知識はもちろん、アイデアが勝負になったりしますし、
うまくいかない原因を探る時は想像力も必要になってきます。

そのため、この頃に「仕組みを考える癖」が大きくつきました。

例えば、みなさんの目の前にお饅頭が置いてあったとします。
「あ、お饅頭だ、食べたいな。」と思ったなら手を伸ばして
お饅頭を掴んで口に運べばいいだけの話です。

ですが、プログラムだとそうはいきません。

手を伸ばす、と一言で行っても

肩、肘、指先、手首、どこからどれだけの距離を動かすのか。
動かす順番はどうするのか、速さはどうするのか、強さはどうするのか、
距離の図り方はどう計算するのか、掴んだ後はどうするのか。

座標をxとyとzで計算して場所や動きを計算しつくさなければいけません。

もちろん、どこかで計算間違いをしているとエラーを起こし、
動かない事もあるし、お饅頭を握りつぶす事もあります。

こうした「仕組みや経過」を考え尽くすことで、
ロジカルに物事を考える癖がついた様に思います。


こういった考え方はギターを始めた時にも、
英語を勉強しはじめた時も、水泳をやり始めた時も、
個人事業を始めた時もウタイストを始めた時も、
まず「仕組み」を考えるための大事な癖だったのかも知れません。

次回は中学生に入ってギターを初めて、
ゲーム三昧の生活から音楽三昧の生活になる様子を書いてみますね。

「僕が生まれて最初に作った曲」も公開しちゃいますので、
よければ楽しみにしていてくださいね。

それでは長文になりましたが、また次回!!
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わっほほほい!!


ちなみに過去の自己紹介動画はこちら


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瀧澤克成

瀧澤克成の単なる小言

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