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なぜ「人生相談」には、名文が多いのか?/書かないよりは、まし。29

もし編集者に「憲法」みたいなものがあるとしたら、冒頭のほうにおかれるんじゃないかなって言葉があります。それは、

「本は、たった一人の人のために書きなさい」

……最初のたとえが微妙で混乱させてるかもしれませんが、ようはそれだけ大事なのが、この言葉、というか考え方。

たとえば、著者志望の方を前にしたセミナーなどで、編集者(ただし、ここで言う編集者は、僕が長年作っていたビジネス書の編集者を想定)の8割くらいは、上記のようなアドバイスをしています。

でも、本って何千、何万人という人に買ってもらわないといけないのに、なんで「たった一人」のために書くんだろう? そう思う人もいるかも知れません。

上記の言葉の個人的な解釈ですが、「たった一人のために書くからこそ、人は、体系的なノウハウや、大事なメッセージを、迷わずに届けられる」のだと思います。

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ところで僕はいま、ようやく仕事に一区切りつけて、護国寺のロイヤルホストで、ハンバーグを食べています。

https://www.genkotsu-hb.com/
*直前に、さわやかのサイトを見ていてハンバーグ以外考えられなかった…

でも、最近とみにたるんできたお腹を見て、本当はこんな時間帯にハンバーグを食ってたらまずい、という心配もしています。しかし、仕事は毎日たくさんあって、自炊もたまにしかできない。

こういう一人のために、仮にダイエットや筋トレの本をつくるとしたら…

まずは今のままの自分じゃまずいよ、という啓蒙から始めないといけないかもしれません。でも、本人にも自覚はあるので、あまり責めない書き方のほうがいい。
面倒くさがりなので、できるだけビジュアルが多いつくりがいいかもしれません。そもそも、何個もノウハウがあるよりも、運動法やら食事の注意点を思い切って3つとかに絞り込んだほうがよい気もする。
というか、DVDブックみたいにして、本をめくるという手間さえ省いたほうがいいかもしれない(自分がダメ人間のような気がしてきました…)。

こういう具合に「たった一人」をイメージするからこそ、本の作りや、文章のトーンが定まってくることが往々にしてあるのです。

加えて、その「たった一人」のために、どうしてもこれを伝えたいという思いが文章に乗っかってくる。著者の中には「昔の自分」を思い浮かべて書いたという方もよくいますが、あのころのイケてなかった自分に、これだけは言っておきたい、というすごみが生まれてくるのです。

で、「人生相談」の話はいつ出てくるんだ?
ですよね…、すぐ出します。

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僕は最近、<独断と偏見で「 #ウェブの面白い文章 」を1日1つシェアする>というチャレンジを続けています。

先日、その51日〜100日めのまとめnoteを書いたのですが、

特に「面白い(笑えるという意味ではないです、詳しくは上記リンク参照のこと)」と思った文章に、「人生相談」が多かったんです。

ちなみに、フライング気味ですが、今日の#ウェブの面白い文章もこちらを選ぶつもりです。

ここ数日、何で人生相談の文章を、自分は好んで選ぶのだろうと思っていたのですが、答えはシンプルで。これこそが「たった一人」のために書かれているから、ですよね。

(多くの場合、真剣でハードな悩みを抱えている)相談者という一人に対して、しかも大抵は面識もないまま、ただただ相手を思い、言葉を選んで書く。ーーそういった回答者(書き手)の姿勢、心遣いが垣間見えるからこそ、「人生相談」には素晴らしい文章が多いのではないかと思います。

裏を返せば、一冊の本も(あるいは一本の記事も)、たった一人のための人生相談と考えて書くと、凄みが生まれるのかもしれません。

なお、この文章は、そんな個人的な発見を人に言わずにはいられない自分のために書きました。誰かのお役に立てればよいのですが…

今のところ、全ノート無料にしていますが、「おひねり」いただけると励みになります!