銀河鉄道の夜の通った後に

命からがら、な場面は、人生で二度。

一度目。

小学生の頃。実家から近い、小さな川。高低差50センチほどの小さな滝がいくつか。勢いよく流れている水を触りたくて、川遊びの最中に一人岩場を渡った。流れが緩やかな浅い所で、幼馴染み達が泳いでいる。川岸から少し階段を上った駐車場に母がいた、気がする。母は小さな女の子の着替えを手伝っていた、と思う。川の中程まで続く岩場を歩きながら、まぁ滑らなければ大丈夫だし泳げるし、と高を括っていた、のは確かだと思う。

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岩場に這いつくばり手を伸ばしても、お目当ての箇所には届かなかった。ならば、と右足一本でバランスを取りながら、左足を伸ばした。直後、水の中に落ちた。

スローになる、とか音が聞こえなくなる、なんてことはなかった。轟々と喧しい水の中、必死に泳いだ。どんどん流されていく。足が届かない。息が出来ない。服が重い。数秒後、水中から見上げた視界にうっすら肌色が見えた。弟だった。弟が手を伸ばしていたのだ。私はその手を掴んで、岩場に這い上がった。弟がどんな顔をしていたか、覚えていない。母が叫びながら走ってきていた、のだけは覚えている。

どう考えても自業自得だ。今であれば氏名も学校も晒されて炎上するかもしれない。清々しい程に浅はかな自爆。よくもまぁ助かったものだと思う。

どんな気持ちだったのか、と聞いたことがある。姉ちゃんが流されていくなぁ、と思って、なんとなく、手を伸ばした、そうだ。弟のなんとなくのお陰で私は今、生きている。



銀河鉄道の夜で私が演じたカトウ。慕っていたザネリが目の前で、真っ黒な川に落ちたとき、どんな気持ちだったのだろうか。ザネリを助けるために飛び込もうとしたカンパネルラを見上げたとき、どんな気持ちだったのだろうか。どんな気持ちだった、が正解なのだろうか。

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写真 石井 清一郎

私達の銀河鉄道の夜では、カトウは飛び込む直前のカンパネルラの横顔を見上げることが出来た。それは私の、幸いの一つだ。ただ優しいだけじゃあそこには立てない、張り裂けそうな、刺さるような横顔は、今でも鮮明だ。

何年何月、を忘れても、あの横顔は忘れないと思う。


PROJECT Fe  https://ameblo.jp/projectfe/


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