私はあなたの神様にはなれない。

24歳から漫画家をやっていて、今は38歳です。デビューのお知らせが掲載された月刊アフタヌーンが発売されたのが2004年12月末。ということは、2019年はデビュー15周年ということになるんですよね。今気付いた。わーい。

デビューからずっと読んでます!と言ってくれる読者さんもいれば、ごく最近の著書から私を知ってくれたらしい読者さんもいて。若い頃はただ無心に描いていて、あまり「ありがたい」という気持ちを感じる余裕もなかったんだけど、最近はほんとにしょっちゅう「ありがたいなあ」って感じてます。

Twitterをやるようになってからは読者さんとのやりとりもすごく増えて、読者さんたちがとても身近な存在になりました。たぶん、フォロワーさんのアイコンと名前は200人ぶんくらいは記憶してる。ふみこんだやりとりはそんなにしないけど、なんとなく一緒に年を取っていってる感じ。

読んでもらえて、好きになってもらえて、この先も楽しみにしてもらえることで、生きていると言ってもいいくらいかもしれません。

でもキャリアが長くなってくると、ちょっと複雑な事情も出てきます。

私は26歳で婚約して27歳で結婚して、30歳で出産しました。産休で連載を休んだ時に、結婚していることが公になったのですが、それ以降よく聞くようになったのは、こういう言葉でした。

「不幸なキャラを描いてる作者には幸せになってほしくなかった」
「江古田ちゃんみたいに生きてる人だと思ってたのに。騙された」
「幸せになったから、きっともう漫画は描けなくなるだろうね」

うん、わかるわかる。わかるよ。わかるからさ、こういう感じにならないようにプライベートはなるべく出さずにこの5年間やってきたの。でも産休取るしかなかったし、ずっと変わらないで生きているわけにはいかないから。

↑…ここまでサラッと受け止めてたわけじゃないし、まあ少なからず苦しみはあったけど、でもおおむねそういうことを思ってました。

そんでもって生活はというと「結婚して幸せになった…」みたいなホンワリしたイメージとは裏腹に、子育てしながら寝ずに描くハードモードなブートキャンプに突入し、せっかくだから子育てもエッセイにしたり、連載が切り替わって新しい挑戦に奮闘したり、親が病気になって大変だったのでそれも漫画にしたり、また連載が切り替わって新しい挑戦に奮闘したり、その間ずっとTwitterでなんかいろんなこと言ってたり、もうワチャワチャで8年の月日が流れました。

で、気がつくともうさすがに「幸せになって残念」みたいなことを言う人はいなくなってた。

そのかわり、「残念」のバリエーション、増えてた。

私の性的で赤裸々な表現が好きな人にとって、子育てや親の看取りの話は「丸くなってしまって残念」だったり、子育てや親の看取りの話から入った人にとって性的な話や人間のゲスみ分析的な話は「露悪的で残念」だったり、女性の問題に触れれば「フェミ臭くなって残念」、男性の問題にフォーカスすれば「男の機嫌をとっていて残念」、政治の問題に触れれば「ご意見番気取りで残念」、あったかい靴下とか調味料の話ばかりしていたら「普通になって残念」、自撮りをアップしたら「作品じゃなくて自分を売り始める人になってしまって残念」うおおぉぉ〜〜〜きりがねえ

いや、でもね、いいんですよ。それは別に。

お好み焼き屋さんだと思って入ったのにインドカレー出てきたら、そりゃ残念な気持ちにもなるでしょうよ。

人間だれでもそうだろうけど私は多面体だし、いろんな面を見てほしい。でもそれは私の都合だし、「その面は見たくなかった!」っていう人もそりゃあ、いる。

だから「見たくなかったって言うな!」とは言わない。お好み焼きかと思ったよね〜〜〜紛らわしくてごめんね〜〜〜って言いながら、インドカレー出し続けるしかない。ごめんね〜〜〜ウチもうお好み焼きじゃないの。でも時々カレー味のお好み焼きも出すからさっ!また来てよっ!

これはね、「今の私だけを認めて」っていうのとも、またちがうんです。私は人に合わせて自分を変えます。でも、その合わせる相手は限られています。家族と友人。

私がどの面を見せても全然だいじょうぶな家族と友人たち。その人たちは私にめったなことでは「残念」なんて言わない。けれど、だからといってどんな自分になってもいいやって甘えたりすることなく、私は家族と友人たちにとってなるべくいい感じの私でいたいと思う。そのために、いつもちょっとだけ気をつけたりしている。

たとえば自分の子供から「最近のお母さんは冷たくて残念。前みたいにもう少し優しくいてほしい」なんて言われたら、その残念はがっちり受け止めたい。省みたい。そして優しくなって子供を喜ばせたい。

でもそれを、全ての人に対してやったら、自分じゃなくなっちゃうから。

遠くから「その面は見たくなかった!」「残念」っていう声が届いたら、そうだね、そう思うよね、って思う。そして「そういうタイプの残念もあるのか〜」ということだけ、心のどこかに安置します。安置する前に若干低い唸り声をあげたりはしますけどね。

ていうか、むしろ「残念」って思ってくれるのはまだ、まだいいんですよ。「もういい」って切り捨てられることだって、本意ではないけど受け入れられる。そもっっっそも、ほんとそもそもの話だけど万人に受け入れてもらえるタイプの人間ではないから。奇人変人枠だから。

一番困るというか、しんどいよ〜〜〜って思うのは、

「今の瀧波さんは、自分が信じていた瀧波さんと違う。変わってしまったのか。そうであってほしくない。どうか、どうか自分が信じる瀧波さんでいてほしい」

みたいな感じの声です。これは、しんどいです。

だって、変わってほしくないって、それ死者以外に抱いてもしかたのない気持ちじゃないですか。

何を見て何を思ってこういう気持ちになってしまうのかはケースバイケースですけど、おおざっぱに分けても10面くらいある私の顔のうちの1つをすごく気に入ってくれたと思うんですよね。で、その他の1面とか2面とかがその人にとってすごくだめなやつで、びっくりしたんだと思うんです。でも、そこで残念って思えるほどには割り切れないので、1面をめっちゃ信じるほうに行ってしまう。

しかもその「違う」って思ったきっかけが、私からすると「それ誤解…」というものだったりするのもしんどい。「この1ページしか見てないけどなんで瀧波さんこんなこと書くの…信じられない。どうか何かの間違いであってほしい」みたいな。いやいや前後読んで??「本当にこんな品のないことを書く人なんだろうか。どうかいつもの感じに戻ってほしい…」みたいな。いやいやデビュー作ちょっと読んでみて?

「瀧波さんの意見に違和感があります。私が言うことではないのはわかっていますが、どうか、どうか、考え直してください」みたいなDMやメールが来ることもあります。

この「どうか、どうか…」というのが、もう本当に、しんどいのです。

当たり前だけれど、私は自分の考えを全部表に出しているわけではないし、またその人が読み逃しているところに情報があったりするので、その「どうか、どうか…」を言う人の違和感やモヤモヤは私が「いや、そこはこういうことなんですよ」と考えを説明すれば晴れるだろう、ということは予想できます。

でも、「どうか、どうか…」の人たちひとりひとりにそれをすることはできないのです。単純に時間がないし、相手が納得するまで付き合う覚悟もできないし、そもそもその相手は匿名だったりしてどこの誰でどんな人なのかわからないし、説明をしたことによって私と特別な絆ができたと思ってしまって新しいしんどさが始まったりもするので、本当に難しいです。

だから、「どうか、どうか…」というタイプの書き込みを見てしまったり、DMを受け取ってしまった時は、しんどいなあと思いながら結局何もしません。

その私に対する違和感とか、拒否感とかの中に誤解があってもなくても、大事なのはそれをどう自分の中で消化していくかという作業であって、「どうか、どうか…」と願ったり求めたりすることには意味はない。私はそう思ってます。

自分の中で消化していく際にどうしても知りたいことがあったらリプライ投げてくれれば答えるかもしれないし(フィーリングとタイミングと質問としての体をなしているかどうかは大事)、まああとふつうに前後読んだりね、してもらえたらいいなと。

私、本当に「どうかこうあってほしい」みたいな、だれかにとっての神様みたいな存在にはなりたくないんです。

「どうか、どうか…」みたいな圧(どうか圧)を受け続けると、もうデコボコなんて無くしちゃおっかな、って気分になってくるんです。多面体じゃなくて球体になっちゃえば。だれから見ても文句の出ない、正しくて普通でまともで品のよいキャラクターに。でも私は「最新版の道徳の教科書」みたいな人間になりたいわけじゃない。

デコボコで、面が多くて、しょっちゅう形が変わっているのが私で、これからも変わりまくっていくし、そんなさまを楽しんでもらえたら私は一番幸せだな。

ちょっと話は変わりますが、私は作家の岡映里さんと仲良しです。2年前から今日まで毎日のようにDMをやりとりしてるんですが、岡さんも私もものすごく変化が早いんです。

整理できないことを岡さんに話すと「こういうことでは?」って自分にない視点で返してくれるし、私からもそういうふうにしています。すると、問題とか悩みとかが爆速で解決するんです。で、あっというまに次のステージに行けるので、変化のマッチポンプみたいな感じでお互いどんどんそれぞれの進みたい方向に全速で進んでいってる。

私は岡さんに「こうあってほしい」みたいな気持ちはないし、たぶん岡さんもないし、お互いいつも何かしら新しいことをしていて、それを互いに面白がっている、そういう感じ。意見だって一致するばかりじゃないけど、そこはそんなに気にしてない。なんなら、自分の性格とか考えの一部が誤解されていたとしてもかまわない。だってそのうち解けるだろうから。

もし岡さんがどんどん変わっていって、自分にとってはそんなのありえないって思うようなことを始めたとしても「どうか、どうか…」って祈ったり求めたりすることはないでしょう。

この調子でお互い爆速で変化&進化していって、最終的にマッドマックスの鉄馬のババアみたいになりたいです。

私はだれかを信じるという気持ちをあまり持っていないタイプの人間だけど、私が変化すること(そして時に変化しないこと)を面白がってくれる人のことは、信じられるし信じていたいし、私が勝手に信じるから気にしないでいて!って思います。

私はあなたの神様にはならないし、あなたのことを神様にしたりもしない。そんなふうに口には出さないけど、出さなくてもなんとなくわかってくれる。私の身の回り、アカウントの周りにいるそんな人たちに感謝と敬意と、心からの愛を送ります。


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瀧波ユカリ

漫画を描いたりエッセイ書いたり。noteでは『毎日、いい気分。自分の機嫌を自分でとるためのカンタンTips』「ショッキング・ブルーデイ』販売中。

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