図書館に救われた話

数年前、鎌倉市立図書館は言いました。
「学校が死ぬほどつらい子は、図書館へいらっしゃい」


皆さん、図書館には行きますか?


僕はめったに図書館に行かない人間です。
自習に使おうにもいつもそこそこ満席で、しかも飲食ができない。また、本を読む習慣もいまはないですから。

でも、そんな僕でも青春時代、図書館に通った時期が二回ありました。

一回目は中学2年生の時でした。

きっかけは中学1年月学年末テストの一騒動

僕は学年末テストの2日目、とある性病に罹り高熱をだし、そのまま期末試験を終えることも、終業式に出ることもなく春休みを迎えたのでした。

名誉の為に言わせてもらうと中1で性交なんてしてないです、部活のある男に水筒を奪われその後回し飲みした結果、唾液により感染したんです。

そして、またその性病って言うのが厄介で、熱が一週間続いて熱が下がったとしても、肝臓の機能が落ちて倦怠感がずーと続いていました。
 
それは年度が変わっても復調せず。ダルい体を引きずって新学年の教室に行ってみれば、死んでいたと思われていたらしく熱烈に歓迎され防火扉に二回叩きつけられる羽目に遭いましたが、それは別の話ですね。


僕はバスケ部に入っていたのですが、倦怠感が抜けずとても動ける状態では無いので顧問の横のにのほほんと座って見学してたのですが、それも退屈すぎてそのうち部活に顔を出さなくなったのです。とはいえ暇は暇は、僕はそのうちに気まぐれに任せ図書館に向かったのです。

僕の母校の図書館は公営の図書館の蔵書と比べると小説や新書を多くおいていたりと娯楽や教養に偏った棚になっていました。
そして、その当時にしては珍しくライトノベルもおいてありしました。
いまでこそライトノベルといえば「~して~したら~だった」というような略称を考えなければ呼ぶのがわずらわしいほと長いタイトルの物で溢れていましたが。その当時はまだ一言で言い表したタイトルが主流で、僕はその電撃文庫の棚から「キノの旅」というライトノベルを見つけ出しました。目次をめくってみると「○○な国」というタイトルが並んでおり、短編集のようでした。

もとより、読書を星新一から始めた自分には短編は大好物であっという間に「キノの旅」を好きになりました。

「キノの旅」は主人公のキノとモトラド(空を飛ばない二輪車)のエルメスが様々な国を巡る話で、国毎に異なる習慣や価値観がとにかく面白く、この「キノの旅」を読破する為に復調するで図書館に入り浸るようになったのでした。

その当時は帰宅部の友人なんていなかったですから、放課後の孤独を埋めてくれた図書館と「キノの旅」は本当に救いでした。


そして時は流れ、高校1年の冬、当時の自分は色々うまく行ってないようで登校してもスクールバスに乗らず街中でボート逃避するようになっていました。

けれど季節は冬、外ではじっとしてられず、かといってお店に入る金もなく、僕の足は自ずと市営の図書館に向かって行きました。
図書館はとにかく暖かく座れる場所もあり、楽園でした。

そこで僕はバスケの雑誌を読み漁ったり、当時興味のあった心理学の本を眺めてみたり、周りの学生服に対する視線を気にしながらも思うがままに過ごしていました。

そして、またそこで夢中になれる本に出会うのでした。
それは「刀語」でした、タイトルは「刀語」と書いて"カタナガタリ"作者は西尾維新という人だった。この「刀語」は表紙は分厚い真っ赤なソフトカバーで小説の棚の中でも異彩を放っていた。しかも、内容もかなり癖があり、言い回しが、なんともくどく独特でそれなのに読みやすく、あっという間に西尾節に引きこもれていった。

そうして、高校のバスケ部を辞めるまでの数ヶ月、朝学校に行きたくない日は図書館に通いつめた。僕にとって図書館は避難所でした。


図書館には椅子と孤独を埋める本がある。居場所がなくて孤独なら図書館に行けばいい。

今回はこれが言いたいだけの記事でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?