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非公表裁決/横領の加害者に対する損害賠償請求権を有している場合には横領による損失の金額を雑損控除の対象とすることができないか?

最近忙しかったので、久しぶりの投稿となってしまいました。

不動産の売却を委任した第三者に不動産の売却代金を横領されてしまった場合において、その横領による損失の金額を雑損控除の対象とすることができるかが争われた事案の裁決例です。

具体的には、所得税法72条1項が、横領による損失の金額のうち「保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補てんされる部分の金額」を雑損控除の対象から除いているところ、請求人が加害者に対する損害賠償請求権を有している場合には、実際に損害賠償金を受け取っていない場合であっても、その損害賠償請求権に基づき支払われるべき金額が「補てんされる部分の金額」に該当することになるのかが争われたということです。

この点について、審判所は、以下のように、加害者に対する損害賠償請求権に基づき支払われるべき金額が「補てんされる部分の金額」に該当することから、請求人には雑損控除の対象となる損失はないと判断しました。

(1) 検討
イ 所得税法第72条の雑損控除は、所得税法に定められた所得控除の一種であり、一定の金額を超える雑損失は納税者の担税力を弱めるという考え方に某づき、この担税力の低下を課税上考慮しようとするものである。そして、所得税法第72条第1項において、その損失の額の算定に当たっては、保険金、損害賠償金その他、これらに類するものにより補填される部分の金額を除く旨規定しているのは、保険金等でその損失の金額を補填されるのであれば担税力が低下したとはいえないからであると解される。
ロ 本件の場合、上記1の(3)(l)トのとおり、■■の横領により生じた損失の額として請求人が主張する347,543,000 円と同額である本件債権を請求人が■■に対して有することが、本件判決において確定している。そうすると、横領による損失の金額と本件債権に基づき請求人に支払われるべき金額、すなわち、補填される部分の金額がいずれも同額となるから、請求人には、本件各年分において横領による損失の金額は生じないこととなる。
そして、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によっても、その後、本件債権が、法令上消滅した、あるいは、その債権の額が回収できなくなったとは認められない。
したがって、本件各更正請求は、国税通則法第23条第1項第1号に規定する更正の請求ができる場合に該当しない。
(2) 請求人の主張について
イ 請求人は、上記3の「請求人」欄の(1)のとおり、所得税法第72条第1項に規定する「保険金、損害賠信金その他これらに類するものにより補填される部分の金額」に、横額によって損害を被った者が取得する損害賠償請求権なども含まれるものと解することにすれば、常に雑損控除の適用がないこととなり、同項が横領を雑損控除の適用対象としていることが無意味となる旨主張する。
しかしながら、損害賠償諸求権等を取得しても、訴訟や和解の内容等により、損失の金額と損害賠償請求権等が同額となるとは限らず、また、損害賠償請求権等と同額が回収可能となるとも限らない。したがって、横領によって損害を被った場合に常に雑損控除の適用がないこととなる旨の請求人の主張には理由がない。
ロ 請求人は、上記3の「請求人」欄の(2)のとおり、基本通達72-7において準用する同通達51-8の定め方からすれば、同通達は、横領された金員につき、所得税法第72条第1項に規定する損失の金額として雑損控除を適用することを前提としている旨主張する。
しかしながら、基本通達72-7において準用する同通達51-8は、横領による損失が生じた場合で、その後当該横領に係る資産の返還があったときにおける所得の金額の計算方法について定めたものであるところ、これは、横領等に係る資産の返還があった場合に、既に雑損控除として控除している年分の雑損控除の金額を訂正し、その返還を受けたときにおいては、その返還に伴う経済的利益を所得として認識すべきではないとの考えによるものである。そして、横領による損失の金額は、所得税法第72条第1項に規定するとおり、保険金、損害賠償金その他これらに類するものにより補填される部分の金額を除いて算定するものであり、請求人が主張するように、横領された金員がそのまま同項に規定する当該損失の金額に該当するものではない。したがって、請求人の主張には理由がない。

うーん、なかなか悩ましい問題であることは分かるのですが、あまり良い判断だとは思えないですね。

というのも、この裁決の事案というのは、既に加害者に対する損害賠償請求権が判決で確定しているという点に特殊性があったとは思うのですが、それが結論に影響を及ぼしたのかがはっきりとしないのですよね。

「本件の場合、上記1の(3)(l)トのとおり、■■の横領により生じた損失の額として請求人が主張する347,543,000 円と同額である本件債権を請求人が■■に対して有することが、本件判決において確定している。そうすると・・・」という判断をしていることからすると、加害者に対する損害賠償請求権が判決で確定していることを理由にしているようにも思えますが、加害者に対する損害賠償請求権が判決で確定しているかどうかで結論を異にすべき理由については特に言及されていませんし、「損害賠償諸求権等を取得しても、訴訟や和解の内容等により、損失の金額と損害賠償請求権等が同額となるとは限らず、また、損害賠償請求権等と同額が回収可能となるとも限らない。したがって、横領によって損害を被った場合に常に雑損控除の適用がないこととなる旨の請求人の主張には理由がない。」という判断は、加害者に対する損害賠償請求権が判決で確定しているかどうかにかかわらず、加害者に対する損害賠償請求権を有していると認められる場合には、その損害賠償請求権の金額が「補てんされる部分の金額」に該当するという理解を前提としているようにも思えます。

因みに、原処分庁は、「補てんされる部分の金額」には横領の被害者が取得する損害賠償請求権なども含まれると解されるという主張していて、加害者に対する損害賠償請求権が判決で確定しているかどうかを重視していた訳ではないように思いますし、過去の裁判例(大阪高裁昭和58年12月15日判決)にも、以下のように、損害賠償請求権を有していれば、その行使が事実上可能であるかどうかに関わらず雑損失はないという判断がされているものもあります。

(ロ)しかしながら、法71条所定の雑損失は、同条所定の損害が生じた場合において、返還請求権ないし損害賠償請求権を取得し、その行使により補てんされる部分の金額(債権の場合は、被った損害と、返還請求権ないし損害賠償請求権とは、通常同額となる)は、同条所定の雑損失とはならないこと、右法条自体から明らかである。したがって、原告は益美に対し、別表六記載の各債権につき、返還請求権ないし損害賠償請求権を有すること、原告の主張自体から明らかである。
(ハ)してみれば、右返還請求権ないし損害賠償請求権の行使が、事実上可能かどうかを論ずるまでもなく原告の主張は理由がないことに帰する(仮に、右の返還請求権ないし損害賠償請求権について、客観的に回収不能が明らかになった場合は、その時点の帰属年分の所得計算において、法51条2項の貸倒損失として処理されるべきものである)。

ただ、そのような理解によると、被害者が加害者に対する損害賠償請求権を回収することが出来ないことを明らかにしない限り、盗難や横領による損失について雑損控除の対象とすることはできないということになる訳ですが、そのような帰結は所得税基本通達72-7が準用する同通達51-8と整合しないように思えますし、一般的にもそのような取扱いはされていないのではないかと思います。

他方で、この裁決の事案との関係でいうと、請求人としても、加害者に対する損害賠償請求権の回収可能性が判断を分けることになることは想定できたのではないかと思われますので、民事執行手続を使うなどして回収可能性がないことの立証の努力をしてもよかったのではないかという気もします。

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