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僕が休学してた2年間。

「今度こそnote書きます」と言ってから、既に3ヶ月以上が過ぎてしまいました。相変わらずですね。人間そう簡単に変われないとでもいい訳をしておきましょう。笑

10日間(予定)の入院生活が始まり、退屈しているので、この機会に近況報告も兼ねてnoteを少しずつ更新していこうと思います。(入院については、FacebookTwitterをご覧ください。)

今回は、僕の休学について。
ただのダラダラと綴られる日記っぽくなると思うので、読んでてもつまらないと思います。ただ、意外と全部知ってる人はあまりいないと思うので、知りたいと思ってくれる人は読んでくれると嬉しいです。笑(一応いくつかにパートに分けるので、知ってるところは飛ばしやすいと思います。)

まず、ざっくり大学進学してからの時系列。

入学してからの、在学状況と、住んでた場所をザックリと。

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こんな感じで、入学後の一学期はちゃんと大学に通ってたんです。教職もとってて、ちゃんと22単位取得しました。(意外と真面目に通ってたんです。)そこから、入学から半年後に休学を始め、4学期分にあたる、丸々2年間を休学しました。京都に引っ越したり、いくつかの会社で働かせてもらったりしてたのが、休学期間の超絶ざっくり説明です。

そして今年の秋学期から、1年生の後期で復学する事にしました。ここから半年は、2年間かけて吟味し続けた学びたい事、研究したい事の為に、まずは転部を目下の目標に大学に通います。

単位や成績の為に大学に通うのは不本意ですが、現時点で自分が通れる夢への最短距離がそれなので、しゃーなしという感じです。ただ、エンジニアへの憧れが全く無くなった訳では無いので、最後の足掻きで、面白いと思える瞬間もちゃんと探していきたいなと思ってます。

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なぜ休学したか

そもそも、なぜ入学してから半年というかなり早いタイミングで休学をしたのか。

高校の友人以外には以外と知られてないのですが、僕は高校から内部進学で、理系の学部に進学しました。早稲田大学 基幹理工学部。機械系や情報系の学問を学べる学部です。別に数学や物理が得意だった訳ではない(むしろクソみたいな成績だった)のですが、日常生活で経験則的に知っている事が、ちゃんと科学的に分かる事が純粋に面白かったんだと、今振り返ってみれば思います。さらに高校時代に所属してた自転車部でメカニック的な役割をしてた事もあり、なんとなくそういうのを設計する職業に憧れていました。

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僕は高校まで全然勉強してこなかったので、大学では自分が面白いと思える事に集中して、真面目に勉強しようと思っていました。でも、入学してから、自分の思っていた理想の大学とはかけ離れた現実を目にして、嫌気がさしたというと言い過ぎかもしれないけど、「なんで大学行くんだろう?」という疑問が生まれたのは事実です。

さらに、この頃仲良くなった友達と色んな事を話していく過程で、「エンジニアよりも、直接人間に関われる仕事がしたい。その為に必要な事を大学で学びたい。」と思うようになりました。それが当時は「教育」というザックリとした物でした。

自分が将来やりたいのはエンジニアとして自転車などを設計するよりも、「教育」に関わる「何か」がしたいと思った時、僕は自分が理工学部にいる意味を見失いました。そして、その「何か」をちゃんと探してからもう一度大学という場所で学びたいと思い、休学に至りました。

少しだけ裏話をすると、当時の僕は休学ではなく、退学するつもりしかありませんでした。教授と面談をし、退学届も後は親のサインだけというところまで作ったのですが、親の猛反対もあり、休学という選択をとりました。今となっては、あの時休学で留めてくれた親に感謝しかありません。

2017年10月〜2018年3月(Glowing期)

休学を始めた当初の僕は、高校生が自分の「普通」の概念を疑える機会を作ろうと思い、留学マッチングサービスを軸にした、高校留学のコミュニティを作ろうとしてました。

その事業相談と、休学の報告を当時お世話になってた人にしに行ったところ、「うちで働きなよ」と誘ってもらい、その人が代表をしていたGlowingという、海外インターンの企画・運営をしている会社で働く事にしました。

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当時、社長と僕を含め学生2人の計3人というメンバーだった会社で、社長宅に居候しながら仕事をしてました。この人数だから、本当に色々な仕事を経験させてもらいました。営業、webデザイン、企画立案、英語面接官などなど。今思えば、よく18歳の坊主にそんな事任せてたなという感じです。

この半年間でかなりお金や仕事の基礎を身につけたと思います。人数が人数なのに、仕事量は少なくなかったから、がむしゃらにみんなについて行ってたら、いつの間にか身についてた感じ。英語もそうだけど、やっぱり僕はそうやって身につけるのが一番いいんだろうね。

2018年5月〜2018年12月(京都期)

Glowingで、会社が社会に対して出来る事、僕自身が会社に対して出来る事に限界というか、ズレというか、違和感みたいなものを感じ始めた頃に会ったのが、中村多伽さんでした。タカさんは、Glowingでやったカンボジアでのインターンにメンターとして来てくれてて、そこで会いました。

カンボジアから帰ってきて次の週くらいに、京都の高校に進学した弟の入学式に出席する為に京都に行って、その時にタカさんに相談乗ってもらったところ、タカさんが代表をしてたtalikiでインターンしなよと言ってもらいました。で、その時これまた丁度アオイエが京都に2件目を出すタイミングで、「タカさんもいて、アオイエもあるなら京都引っ越すか。」というノリと勢いで京都に引っ越したってのが、京都に引っ越した経緯です。笑

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京都では、talikiでインターンしつつ、Credo Ship. という会社でもインターンとして採用してもらいました。でも、京都にいた頃の僕はかなり迷走してて、両方の会社ともほぼコミットできませんでした。クレドに至っては、せっかくプロジェクト任せてもらったのに全く仕事しなくて、本当に申し訳なかったと思っています。もちろん、talikiとCredo Ship.で働きたいと思ったのには理由があるのですが、結局達成されなかったので、ここでは割愛します。

迷走していた僕は他にも、東京や母校のイベントで登壇したり、学生スタッフしたり、京都でもアオイエのイベント中心に顔だしたりと、かなりフラフラしていたように思います。

でも、この2つの会社とアオイエを通して、夢を追いかけるカッコいい同世代、懐が深くて尊敬できる大人に出会えたのは、本当に良かったと思っています。それに京都という独特な土地の雰囲気も合わさって、「自分がやりたい事って何だろう」「どうやったら社会はもっと良くなるだろう」みたいな事を日々考え続ける事が出来ました。そしてそれをただ考えるだけじゃなくて、アオイエ二条で夜な夜なそれについて語り合って、議論できる家族がいた事は、迷走していた僕にはこれ以上ない環境だったと思います。

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京都期は、Glowing期ほどこれと言ってやった事は無いけれど、その分散々内省する時間がとれて、休学開始当初抱えてた「教育」に関わる「何か」をかなり具体的に絞る事が出来ました。それがプロジェクトという形でまとまったのが、「ぼくらの学校」です。当初は「勉強をしない塾」として本当に教室を構えようとしていたのですが、色々ハードルが高く、それは断念し、代わりに同じビジョンを掲げて、同じミッションに向かって違うアプローチをしたのが、今の形です。「ぼくらの学校」については、また今度書きます。

2019年1月〜今(東京で再スタート期)

他の2つに合わせて、無理やり〇〇期という名前をつけました。笑
今年に入ってからは、京都を離れ、散々自分と向き合い続けて、自分の中から出てきた物を形にしようと、東京に帰ってきてました。「ぼくらの学校」を走り出させるべく、高校生向けのイベントをやったり、一緒に運営をしてくれる仲間集めをしたり、自分の考えや想いを言語化する作業をしました。
それに合わせて、この頃からアオイエの運営にも入り、コミュニティマネージャーとして入居者やゲストの案内、物件の問題対応をしたり、2月にオープンしたアオイエ赤堤の立ち上げをしたりしてました。

「ぼくらの学校」は、「明日にワクワクする。」というビジョンの基、「全ての瞬間を学びに。」出来るような空間、そして行く行くは社会を目指して、高校生をメインターゲットに活動しています。今はまだ卒業生とキャリアについて考えられる様なイベントの開催しかできてませんが、これからは大学や高校とも連携しながら、様々なコンテンツを展開予定です。

一緒に運営してくれる仲間も、高校時代から仲のいい友人や、「ぼくらの学校」に共感してくれている後輩が集まってくれて、まだまだ駆け出しではあるものの、少しずつ形になっていきそうでワクワクです。

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アオイエには、運営に入ってからも沢山の事を勉強させてもらってます。東京、京都、大阪を合わせて17物件、そこに130人以上もの人が住んでいると、日々色んな事があります。みんなを見てて学ぶ事もあるし、みんなが僕が知らない僕の一面を発見してくれる事もあるし。やっぱり人間って尊いなぁと感じる事が増えた反面、自分のちっぽけさ、力の無さに萎える時もしばしばあります。

運営に入った当初はアオイエだった社名もDADAに変わり、会社も色々変わっていく中で、社会の中にある一会社から学ぶ事、その会社で一緒に働いている仲間から学ぶ事があって、お世話になるばかりです。それを少しでも多く一緒にアオイエに住んでる住人や、その周りの人に還元できるよう、楽しみつつも、厳しくこれからもやっていうく予定です。

これから

さて、秋学期からという事は、今月末から僕の1年生後期が始まります。2年ぶりの学校、もちろん不安はたくさんあります。そもそも学校、授業に対する不安もあるのに、それをぼくらの学校やアオイエと両立していかないといけないというプレッシャー。ただ、半年後に控える転部試験に向けて、妥協せず、半年間は踏ん張り続けようと思います。

ちなみに転部できなかったら、編入、再入学、大学受験などの進路を考える事になると思います。それは時間、お金共にあまりにも勿体ないので、絶対そうならないようにします。色んな人に助けを求めると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

ちなみに、トライアスロンの練習も再開し、先週末は2年ちょっと振りにレースに出てきました。僕はマグロみたいなもんで、ある程度運動してないとイライラして死にかけるので、トライアスロンもしっかり時間作って練習していきたいなと思います。転部に成功していれば、2020シーズンに学生レースにも出始めたいなと思っているので、特にノースウエストの皆さん、よろしくお願いします。

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最後に

やっぱりダラダラと超つまらない文章になりましたね。全部読ませてしまった人がいない事を願って、これくらいで終わりにしようと思います。次回以降はちゃんと題材絞るので、分量も少ないし、話も今回よりかはまとまってるはずです。少しだけ期待しててください笑笑

質問箱のURL貼っておくので、コメントや質問などあったら使ってください。答えるかは気分次第です。笑
https://peing.net/en/takmiyano?event=0#question-form

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