TAKONOTES

人文的視点から考える音楽、映画その他文化諸々

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最近の記事

早慶のコスパ等について(エッセイ)

 「早慶のコストパフォーマンス」についての話題をSNSで見かけた。 ★★★  約四半世紀前であるが、1999年、当時高校3年生であった私は、趣味である音楽のことしか考えておらず、大学に進学することは考えていなかった。ありきたりではあるが、敷かれたレールの上を進むようなことに対しては、青臭いながらもどことなく反抗心を抱いていた。周囲(の多く)と同じように勉強するということ自体が、私にとっては何か面白くないなと感じていた。  未来のことはほとんど何も考えていなかったに等しい。

    • THEE MOVIE

       ドッドッターン、ドンタドンチーン!  突然すみません。ライヴ前のドラムのサウンドチェックの音です。バスドラとスネアとクラッシュです。ちょっと文章を書き始めるためのウォーミングアップのつもりです。はい。では、いきますよ? ★★★  私がこの映画(Thee Movie)を観たのは、約14年ぶりだ。前回観賞したのは2010年3月1日。忘れもしないので、日付ははっきり覚えている。前の晩は、文字通り一睡もしていなかった。その理由は、読み進めていただければお分かりになるかと思う。ど

      • プラトーノフ『名もなき花』冒頭

         жил は жить(生きる、生活する)の過去形ですね。語順を崩さず無理やり英語に訳すと Lived in the world a little flower. 英語ではまずあり得ない語順ですが、語順が比較的自由なロシア語ならでは。倒置法の効果を生み出しています。   никто は英語の nobody で、не знал すなわち didn't know が来るので nobody didn't know となりますが、意味は真逆で「誰も知らなかった」。ロシア語における

        • マムレーエフ『穴持たずども』

           昨今では教育上の観点からということで、「桃太郎」や「さるかに合戦」の結末すら非暴力的なものに改変されているそうですが、ユーリー・マムレーエフによるこの稀代の怪作を世の良心的な紳士淑女が読んだ暁には、怒り心頭になるか卒倒するかに相違ないので、あまりこの小説が日本で広まらないよう密かにお祈りするばかりです(万人受けする作品ではないと思うので、そんなの杞憂かと思いますが……)。  白水社ミノタウロスシリーズの前作『幸福なモスクワ』ではエンジニアや医師といったエッセンシャルワーカ

        早慶のコスパ等について(エッセイ)

          記憶の貯蔵庫(エッセイ)

           棋士も、20代~30代が棋力のピークと言われる。40代を過ぎれば少なからず衰えが出てくるものである。  私は、己の脳のスペック(言うほど特別高いわけではないが)を一定程度保つために無意識に行っているのかもしれないが、車の運転時等に、学生時代に暗記した鳥肌実のネタを2~3本暗誦してみたり、同じく以前暗記した白水社の語学書『ニューエクスプレス』(イギリス英語)の全スキット20課分を口ずさんだりする。先日は、それらに加え、幼稚園の時に暗誦していた宮澤賢治 『雨ニモマケズ』を思い出

          記憶の貯蔵庫(エッセイ)

          チェヴェングールと幸福なモスクワ

           ロシアの伝統として、グノーシス主義的な純粋哲学者たちに混ざり、ドストエフスキーやトルストイといった文豪たちが、哲学者の一部としてそこに堂々と聳え立ってしまっているという厄介な事情があります。アンドレイ・プラトーノフもその系譜に属し、だだっ広いロシアの曠野のように深遠な哲学思想を展開したとされています。  また、今回紹介する2つの作品において、スターリニズムという時代背景は重要です。鉄のようにカッチカチのイデオロギー支配の下では、ジーンズ穿いてマルボロ吸ってる国みたいにはノビ

          チェヴェングールと幸福なモスクワ

          言葉という侵入者

           「言葉」は一体何なのでしょう。これまでと少し異なる角度から。 ウィルス?  今回言いたいことは、ウィリアム・バロウズに倣って言うならば「言語は宇宙からのウィルスである」といえるのではないかということです。  普段、わたしたちは、言葉は単なる偶発的なツールに過ぎず、その奥底にある感情や衝動、あるいは美意識やセンス、さらには真理や倫理といったもののほうが本質的であると何となく考えがちです。実際の所、それはある意味で正しい面もあるのですが、まず基本的な所から押えておくこととし

          言葉という侵入者

          ロシアの向こう側:未完のゴーシャ・ラブチンスキー

           ウクライナ戦争に未だ終わりの兆しが見えぬ中、ロシアに関する記事を書くことはどこか憚れる気もするが、逆に今だからこそロシアについて思考を巡らす必要もあろうとも思われ、ここに筆を執る。 失われたものの回帰  残念ながらだいぶ前に原稿もろとも消してしまったが、以前、ロシアのファッションデザイナー、ゴーシャ・ラブチンスキー(ロシア語での正確な発音は「ルブチンスキー」)について記事を書いたことがあり、その記事は、当時京都大学講師であった松下隆志先生にお読みいただき、あるテキストの

          ロシアの向こう側:未完のゴーシャ・ラブチンスキー

          Soft Machine "THIRD" 雑感

           冒頭から甚だひねりのない思いの吐露で恐縮だが、この作品は数十年に一枚ぐらいの名盤ではないかと、私はかねてから思っている。 ★★★  すでに数多くの賞賛を浴び、その後のカンタベリー・シーンを始めとする前衛的なロックに大きな影響を与えた名盤。学生の頃、タワーレコード新宿店の洋楽階で手に取ってみた時、帯に書かれた「ブリティッシュ・ロック史上、最も野心的かつ理知的な」という形容が刺さったことを覚えている。  音楽にどのようなことを求め、またどのような音を聴きたいかというのは、人

          Soft Machine "THIRD" 雑感

          How do DMBQ play music?

           DMBQが短編ドキュメント映像作品"HOW TO MAKE MUSIC"を発表した(youtubeにて視聴可能)。  哲学者なのか歴史学者なのか、それとも──広範にわたる知の領域を横断して思考を刷新する営みを続けたミシェル・フーコーは、自らが何者であるかをインタヴューの中で問われたのに対し「私は爆破技師です」と言い放った。  私が"HOW TO MAKE MUSIC"を視聴し終えた後に浮かんだのは、フーコーのこの言葉だった。  おおよそどのようなバンドも、どのような表現

          How do DMBQ play music?

          マーキームーン(Marquee Moon)

           当方、ミュージシャンでもなければ、音楽評論家でもありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。  皆様は、当記事にどのように辿り着きましたでしょうか。  「マーキームーン」でググってみられたのでしょうか。  いずれにせよ、Televisionによるこの不朽の名曲について、ご関心がおありのかたが多いでしょうか。  ご期待に副うことができるかどうか甚だ自信はありませんが、この小考にお付き合いいただければ幸いに存じます。 知りたい情報は多分ググれば分かる  さて、1977年はロ

          マーキームーン(Marquee Moon)

          わたしの好きなDMBQ

           先日、わたしの好きなDMBQが新譜を発表し、そのリリースツアーが行われました。様々な情報を綜合し、彼らの踏み込んでいる領域を俯瞰してみたいと思います。 ★★★  2014年8月、約3年振りに表舞台に現れたDMBQのライヴは衝撃的なものでした。ステージに現れた彼らの中に、旧来からの主力メンバーである松居徹さん(ギター)と渡邊龍一さん(ベース)の姿はなく、増子真二さん(ギター・ヴォーカル)、和田晋侍さん(ドラム)と、見たことのない男性のベーシストという3人編成でした。そして

          わたしの好きなDMBQ

          シニフィアン連鎖

           言葉について、引き続き語ってみたいと思います。 リンゴ  言葉には「声又は文字の部分(シニフィアン)」と「意味する内容の部分(シニフィエ)」の2つの面があります。「リンゴ」であれば、「リンゴ」という声又は文字がシニフィアン、「リンゴ」と聞いて思い浮かぶ内容がシニフィエです。ここまでは簡単ですね。  さて、このシニフィアンとシニフィエは、紙の表と裏のように表裏一体であり、不可分のものであるというのが、画期的な言語観を提示した言語学者ソシュールの考えです。え?表裏一体ってそ

          シニフィアン連鎖

          衣服の起源から

           ちょっと旧約聖書の世界を。  「衣服」の観点から人間とは何かについて筆を進めてみます。 蛇  人は、体の防護のため、あるいは裸体を隠すため衣服を身に纏いますが、この起源を旧約聖書で辿ると、アダムとイヴの楽園追放にぶち当たります。  エデンの園で動物たちとともに、神の庇護のもと平和に暮らしていたアダムとイヴですが、ある時、イヴは1匹の蛇(ちなみに、イスラム教のクルアーンでは、イブリースという悪魔)にそそのかされ、神から食べるのを禁じられていた果実(善悪の知識の実)を口にして

          衣服の起源から

          「≪盗まれた手紙≫についてのセミネール」についてのセミネール

           「≪盗まれた手紙≫についてのセミネール」は、ラカンが行った講演の記録とそれに続く論文で、エドガー・アラン・ポーの短編小説『盗まれた手紙』を題材にして、フロイトの理論を説明したものです(ジャック・ラカン(宮本忠雄、竹内迪也、高橋徹、佐々木孝次訳)『エクリ I』(1972 弘文堂)の冒頭に収録されています)。現代思想の中でも難解中の難解といわれるラカンですが、そのエッセンスは素人の方でも十分に理解できると思います(わたしも完全な素人です)。  さっそく中身に入ってみたいと思いま

          「≪盗まれた手紙≫についてのセミネール」についてのセミネール