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あなたがおかしいと感じたものは、みんなも同じようにおかしいと思っています。

先日、池袋の東急ハンズに行ってきました。
おめあては文房具コーナーです。

小学生の頃から文房具はとても好きで、いろんな種類のペンやノートを買ってもらっていました。
買うたびに「ペンならいっぱい持ってるでしょ!」と言われていましたが、新商品は気になるし、試してみたくなってしまいます。

メーカーごとに書き心地や質感というものが結構違うので、試していくうちに自分のお気に入りのメーカーや商品のものが見つかりました。

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文房具コーナーに行った時に感じたのは「どんだけ種類あんねん」ということでした。

どこに視点を合わせればいいかわからないほど、各種メーカーから膨大な数の商品が発売されています。

子供時代、色鉛筆なら24色組のものを持っている人が尊敬されていたような記憶があるのですが、今はボールペンですら24色を超えてバラ売りで発売されています。
しかも各社同じようなカラーバリエーションを揃えているので、陳列棚の数も相当に多いです。

これは文房具が「必需品」の時代は終わり、今は「嗜好品」になっているということです。

どれを買ったとしても基本性能に差がないとなれば、人々の消費行動は変わってきます。

モノの数が多いということは、選択するためにたくさんの情報を集めて判断しなくてはなりません。
例えばペン一本に対しても、
「値段はいくらだろう?」
「メーカーはどこ?」
「ブランドは?」
「書き心地はどうだろう?」
「ノック式?キャップ式?」
「インクはどれくらいもつ?」
「自分の周りの流行は?」
「定番商品?新商品?」
「仕事の場に合う?」



のようにたくさん条件を考慮するはずです。
私のようにペン好きなら、これまでに使ってきた経験からある程度の尺度をもとにふるいにかけることができます。
しかし、ペンに興味がない人からしたら「どうでもいいし、適当で」と思うのが当然です。適当に選んでも基本性能に差がないので失敗することがないからです。

モノを売ったり宣伝する側の人にとっては、苦しいと感じる状況かもしれません。
いくら商品の良さを説明したとしても、相手は「どうでもいいし、適当で」と思っています。
あまりにも受け取る情報が多いので、情報の摂取を遮断している状態とも言えます。

たとえ今は定番商品として売れ続けているとしても、消費者が別の商品に切り替えることが容易になっています。

「赤ペンわすれてきちゃった。。。コンビニでとりあえず買うか。」
という経験はありませんか?

そしてそのペンは今、あなたの筆箱に入っていませんか?

大量に溢れるモノの中から選ばれるためには、機能情報を発信することはもう必須ではなくなっています。

その代わりに重要度が増しているのは、ストーリー性でしょう。開発者の苦労話、商品が生まれるまでの経緯、モノ創りにかける想いなどがあると人々の間に共感が生まれ、支持するキッカケになります。

また人々の過去の体験にフォーカスするのも良いかもしれません。懐かしいデザインや、学生時代の思い出に商品がリンクさせられると手に取りやすくなります。

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ここまでは、教科書的な考え方です。

私はここにもうひとつ選択肢があると思います。
それは、「そういうものだ」ということに疑問を持つことです。

昔はペンにキャップが付いていることが当たり前でした。誰しも「そういうものだ」と思っていたので、その思い込みのままキャップを開け閉めすることに不便さを感じなくなってしまっていました。
けれど、誰かがその不便さに気がついて、ノック式が誕生しました。

「そういうものだ」と思い込んでいるだけだと気がつくには、普段から違和感に敏感になる必要があります。
「ん?」と心のどこかで引っかかりを感じた時にスルーしないことが大切です。

あなたがおかしいと感じたものは、みんなも同じようにおかしいと思っているはずです。

しかし、情報の摂取を遮断することに慣れてしまうと、不便さに対して鈍感になってしまいます。
「そういうものだ」と従っておくほうが圧倒的に消費エネルギーが少ないからです。

全てのものに敏感に反応することは出来ないかもしれませんが、普段から自分が興味関心を持っている事柄だったら、「おかしさ」気づくこともできるかもしれません。

いつか伝えられていなかった過去を改めて描きなおすような共感やストーリーに人々が飽きてしまう時がきっとくるでしょう。

その時に求められるのは、疑問を持って立ち止まるスキルなのではないでしょうか。

誰かを楽にして、自分も楽になれる文章。いつか誰かが呼んでくれるその日のために、書き続けています。 サポートするのは簡単なことではありませんが、共感していただけましたら幸いです。