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新しいライフスタイルに着目した 「Chair Neue」が生まれるまで 第2回

メンバーがもつ多様な専門分野の先端性や深さを磨くグループ活動「Mark@」から、コロナ禍で不可逆的に変化したライフスタイルに呼応するファーニチャーが誕生しました。前回に引き続き、インダストリアルデザイナーの田中尚と中森大樹が語るメイキングストーリー。第2回は「Chair Neue」の機能とデザインのコンセプトについてお届けします。

緊急事態宣言発出後、Takramではフルリモートワークへと移行したことで、多くのメンバーのリビングやダイニングに、“オフィス”という機能が求められるようになりました。

椅子についてのアンケートは、そうしたワークスタイルの移行期間に行なわれました。アンケートでは、どのような椅子を使っているのかだけでなく、家族構成や住宅環境など、椅子を使う人や環境についてもリサーチし、データ化していきました。

「コロナ禍から2カ月程度ということもあり、大多数のメンバーが普段使っているダイニングチェアをそのまま使ったり、急場をしのぐために買ったオフィスチェアを用いている状況でした。そうしたなかで、ダイニングチェアは仕事仕様でないがために長時間座り続けることに不向きであったり、いわゆるオフィスチェアをリビング・ダイニングにもち込むことで感じる“威圧感”といった、どのようなことに問題を抱えているかなどをリサーチしていく過程で、リモートワークに必要な椅子へのいくつかの要件が抽出できました」と田中尚は話します。

プロジェクトのメンバーは、アンケートから抽出した要件のなかから今回のプロダクト 「Chair Neue」に求める機能を「高さ調節(昇降)」「回転」の2つに焦点を絞りました。

また、デザインにおいてもリビングやダイニングに置かれることを考慮し、インテリアのスタイルに馴染みやすいように「複雑な機構をもたない」「必要な機構を隠さない」ということもコンセプトのひとつに定めました。オフィスチェアをオフィスチェアたらしめる主な要因は、複雑な機構とそれを隠すためのブラックボックスとしてのカバーにあると考えたからです。

「昇降」「回転」といったオフィスチェア的機能を満たしながら、いかにして複雑な機構を用いずにデスクワークとダイニングチェアとしての機能を両立させるか。プロダクトデザインのメンバーのデザインの検証が始まりました。

自在に昇降できるダイニングチェア

高さが自在に変えられるオフィスチェアとは違い、ダイニングチェアは高さが固定されているか、あらかじめ定められた高さにしか調節できないものがほとんどです。

「ガスシリンダーやリンク機構なども検討しましたが、カバーなどの目隠しが必要になるので、どうしてもリビングの雰囲気とはそぐわなくなります」と中森大樹。

そこで、「複雑な構造を搭載しない」というデザインのコンセプトに立ち返ります。もちろん複雑な機構をもたないリビングやダイニングで使われる椅子であっても、座面の高さが変えられるものはあります。しかし、先に書いたように多くは等間隔に刻まれた高さのなかから、自分のサイズにもっとも近い高さを選ぶというもの。

オフィスチェアは身体のサイズに合わせるのはもちろん、長時間座り続けることも考慮して、細かく調整できるようにする必要があります。そうした要件を満たし検討されたのが、自転車のシートポストでした。クランプで固定するだけの自転車のシートポストは、機構もシンプルで座る人の身体のサイズに合わせて、自在に高さが変えられます。 

Photograph by Mark@Product Design

しかし、難点がひとつ。それはポストが丸管であるがために正面がズレてしまうということです。そこでデザインチームは、機構をいかしながら、ポストにオーバル管を採用することを検討しました。

たかがされど、アームレスト

そして、もうひとつの重要な機能である「回転」をどのようにデザインするか。ダイニングチェアとしての機能だけを考えると、オフィスチェアのようにクルクルと座面が回るものはリビングやダイニングで使うものとしては整然を保ちづらく、テーブルなどの家具を傷つけてしまう可能性もあります。座面は回転せずに固定されていれば正面の保持もしやすくなります。

一方で、姿勢を変えたり、資料を取りに行くために立ち上がったりすることを考えると、デスクワークをするうえでオフィスチェアの必須ともいえる回転機能があったほうが何かと都合がいい。

では回転機能を備えながら、リビングやダイニングに“自然にたたずむ椅子”にするにはどうしたらいいか。そこで田中と中森が考えたのは、「プロダクトの機能としては存在していないが、人が使うことで自然と回転する機能が生まれる設計」でした。

座ったままでは45°程度にしか回らない人間の腰を、いかにして座面の上で回転させるのか。それを実現するための仕掛けのひとつが、「Chair Neue」のアームレストにあります。

「アームレストがあるかないかで座り心地は大きく変わります。リビングやダイニングでのデスクワークにおいて、その必要性が高いこともアンケートから判明しています」と田中もその重要性について話します。

Photograph by Mark@Product Design

ハンス・J・ウェグナーの「Yチェア」のようにアームレストを備えたダイニングチェアもありますが、ダイニングチェアはそもそもデスクワークを想定しないことに加え、スムーズに立ち上がったり座ったりするために、アームレストが省かれることも少なくありません。

ですが、思い返してみると普段何気なく使っているアームレストやバックレストは、腕の重さを支えるだけでなく、背筋を伸ばしやすくしたり、背もたれを有効に使ったりするために有効なものです。デスクワークのときだけでなく、団欒するときの肘の置き場所として重宝します。

「食事をするなどの日常生活での姿勢を考えると、きちんと正面は保持したい。円柱だとズレが生じてしまいますが、オーバル管ならその心配もありません。また、固定するときも特殊な工具を使わずにクランプを締めるだけなので、仕事や食事、読書など、その時々の姿勢に合わせて高さを気軽に調整することができます」と田中はデザインのポイントを話します。

機能として存在しない“機能”

しかし、「Chair Neue」のアームレストは単なる”肘置き”としてだけのアームレストではありません。

「アームレストの先端から背中付近にかけて二次元平面上に弧を描くようにデザインしているので、アームレスト上面に段差がなく、肘のポジションを変えなくても、つまり上体の姿勢を崩さずに身体をスムーズに回転させられるようになっています」と田中は語ります。

また、回転しやすくなった上体に臀部が呼応するように、丸みのあるシルエットとし、フレームが脚に干渉しないレイアウトになっていることで、座面の上で臀部が回転しやすくなっています。

「この回転機能は、椅子単体としては製品カタログには載ることのない機能ですが、人が座ることで初めて生まれる機能になっているので、リビングやダイニングでもデスクワークの要求に応えながら自然にたたずむスタイルにできます」

では、こうした「Chair Neue」の“個性”を、どのようにひとつのデザインにまとめ上げていくのか。次回はオフィスチェアであり、ダイニングチェアである新しいライフスタイルのための椅子「Chair Neue」と「形をつくるうえでルールづくり(造形秩序/造形言語)」についてお届けします。

田中 尚|Sho Tanaka
量産レベルの製品デザインから事業ビジョンの構築まで手がけるデザイナー。具体・抽象を横断した価値開発を得意とする。高校時代にデザインの基礎と技能の習得に没頭。東京藝術大学、同大学院を修了したのち、産業領域を横断したデザインを実践する場の必要性を感じ、2010年東京にオフィスを構え独立。自動車領域、スポーツブランド、食品ブランド、オフィス機器、医療機器、デジタルコンテンツのUIなど、メーカーとの製品開発・ブランド開発を中心に多岐にわたって経験を積んだのち、2015年Takramに参加。主なプロジェクトに「Chair Neue」、タムロンのレンズシリーズなどがある。あだ名はタナショー。

中森大樹|Daiki Nakamori

東京大学大学院に在学中、乗り心地と制御にフォーカスしたパーソナルモビリティの研究を行い、その知見を生かして極小車両のスタートアップに参加。続いて千葉大学大学院およびミラノ工科大学で工業デザインを中心として学ぶ。その後ダイキン工業株式会社でインダストリアルデザイナーとして企画から量産まで一貫して製品開発を担当。2018年Takramに参加。グッドデザイン賞、iF Design Award、Red Dot Design Award、KOKUYO DESIGN AWARD 2016 グランプリ、LEXUS DESIGN AWARD 2015 Prototype Winner等受賞。

Text by Takafumi Yano




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