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ゼロや負の数を使った算術:ブラーマグプタ

※この記事は2022年2月16日にstand.fmで放送した内容を文字に起こしたものだ。


今回も数学史の解説していこうと思う。

数学はこれまで、理論や定理を何の前触れもなく、唐突に教わってきたので面白さが見出しにくかったが、歴史が過去のストーリーを伝えていくのと同じように、数学も理論や定理がどういう経緯で完成されていったのか?そのストーリーだけでも知ることができたら、より親しみやすくなると思っている。その足掛かりとして、この解説が役に立てば嬉しい。

今回紹介するのは、6〜7世紀にかけて活躍したインドの数学者ブラーマグプタという人物についてだ。

数学というと、ヨーロッパが全ての起源にあると日本では思われがちだが、学問の中心地がヨーロッパからインド・アラビア世界に移っていった時代に、インドの数学は後世に起こる科学革命の礎となるくらい重要な功績がたくさんある。中でも、このブラーマグプタという人物が残した業績はかなり面白い。

紹介したいのは大きく2つ。1つは、ゼロと負の数を計算に使う、知られている中で最古の数学書を残したこと。もう一つは、数値解析という分野の確立だ。順番に説明していこう。

ゼロや負の数を使った計算は、今では当たり前すぎて特に何の感情も湧くことはないと思う。昔からそういうものだったんだろうくらいの認識のはずだ。ところが、ゼロや負の数という概念は、ギリシアの時代からあたりまえに存在していたわけではない。そこにはちゃんとストーリーがあるのだ。

ブラーマグプタが残した著作の内の「ガニタ」という題の第12章では、「資産」という正の数を表す概念と、「負債」という負の数を表す概念、そして「スンヤ」と呼ばれるゼロを表す概念を使って数を計算を行なっている箇所がある。彼の定義によると、ゼロとはどの数でも、そこからそれ自身を引けば得られる結果としている。
例えば10という数字に対して同じ10を引けば、ゼロという値が得られるということだ。また、どんな数でもゼロを足しても引いても元の数は変わらないし、どんな数でもゼロをかけるとゼロになる、ともしている。いまのゼロと全く同じ概念だ。
負の数に関しては、二つの負の数の積は正の数になり、ゼロから負の数を引くと正の数が出るという規則を出している。これも、(-1)×(-1)計算が1になったり、0-(-1)の計算結果が1になる、現在の四則演算のルールと同じである。

ゼロを定義するということは、単に数えられない対象を表すという意味だけじゃなく、存在しないとか、原点に帰るとか、様々な対象を表す概念として使うことができる。名前をつけることで人は物事を考えることができるようになるので、こういう名前のつけづらい対象に名前を与えて、一つの概念として考えられるようにすることは、数学、ひいては科学を発展させる上で非常に重要なことなのだ。ブラーマグプタがゼロの概念を初めて生み出したわけではないが、ゼロと負の数が計算に使われた最古の数学書を残したことは、画期的な成果といえるだろう。

・もう一つ彼が後世に影響を与えた業績がある。それが「数値解析」という分野の確立だ。

世の中には、必ずしも正確な値が出せない現象がたくさんある。例えば、天体の軌道計算、資産管理の最適化などだ。これらは、現象そのものにいろいろな変数がついていて複雑なので、完璧な値を出すことができない。それでも、ある程度近い値を出すことにはできる。これが今で言う「近似値」のことだ。ブラーマグプタはこういう正確な値が出せない対象に対して、完璧にこだわるのではなく、それに近い近似値出す研究というものに目を向ける。
例えば、高校数学に登場する三角関数でよく使われる三角関数表というのがあるが、彼はそのうちのサイン(正弦)の値を、任意の角度であっても計算できるような式を初めて完成させる。例えば28°とか、66°のような中途半端な角度であってもサインの値を概算して近似できるような式ということだ。数学的な表現をすると、これは「補間式」と呼ばれる。
この補間式によって得られる値は決して完璧ではないのだが、概算で求めることによってサインという値の全体像をつかむことにできるのだ。今でこそ三角関数表は0〜90°までのサイン、コサイン、タンジェントの値を正確に表せているが、彼の生きていた時代では、値を完璧に求められないサインの値や円周率などをどう扱えばいいのか非常に困っていた。彼はそんな対象に対して、「近似値を出せばいい」という発想のもとで計算していったことで、現在のサイン関数に近い値を出すことに成功したのだ。こういう、関数の値や方程式の解を近似していく方法は、「数値解析」という分野の重要な基礎になっている。

数値解析ができるようになると、さっきの天体の軌道計算や資産管理の最適化だけではなく、天気予報の数値計算やロケットの軌道計算、自動車事故での安全性を向上させる衝突のコンピュータシミュレーションなど、さまざまな分野に応用することができる。こういった現代で当たり前に使われている技術の基礎を造り上げた者の一人が、このブラーマグプタという人物だと分かると、数学にも面白いストーリーがあることがわかってもらえるのではないかと思う。

彼の業績はこれ以外にもたくさんあるので興味のある方は是非調べてみてほしい。

参考文献:『数学を生んだ父母たち―数論、幾何、代数の誕生 (数学を切りひらいた人びと) 』

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