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『実践 顧客起点マーケティング』—N1分析、9セグマップ、テレビCMの効果検証

買って良かったマーケティング本をリストしていくnote、その8冊目。

「型破り」な新しいマーケティングの「型」を提示

P&G、ロート製薬、ロクシタンを経て、現在はスマートニュースのマーケティング担当執行役員を務める西口一希氏によるこの本は、2つの意味で型破りな本です。

普通マーケティング活動は、市場・顧客・競合を分析するところから始まります。その時に行う分析は、データを集めて平均をとったり中央値をとったりと、「対象が共通して持つ特徴」を捉えようとするのが普通です。

西口氏はこれを真っ向から否定し、N1=実在する一人の顧客がどういう「きっかけ」で心理の変化を起こし、購買行動にいたったのかを深掘りすべきだと説きます。その「きっかけ」をリアルに捉えることによってこそ、良いプロダクトやマーケティングのアイデアが生まれるからだ、と。これが型破りの1つ目。

そして2つ目が、あまりにも生々しく、スマートニュースのマーケティングデータの数々が開示されている点です。

コンサルタントではなく、事業会社のマーケ担当役員が書いた本としては、USJ時代の森岡毅氏の一連の書籍があります。同書でも、USJにおけるご自身の戦略立案の経緯と成果についてかなり具体的に書かれていたものの、守秘義務も踏まえ、さすがに数字の開示は控えめでした。

それに対し本書は、「競合Aと比べてこんなスコアが出ました」と、相手の社名こそ控えている(想像はつきますが)ものの、ほぼ加工のない数字が次々と開陳されています。

競合比較はマーケティングの基本である以上、こうした資料は社内では必ず作成されているはずですが、他社におけるその実物を見られるとは思いませんでした。

マーケティングの本を読んでここまでドキドキしたのは初めてかもしれません(笑)。

プロダクトアイデアとコミュニケーションアイデアを分けて捉える

本書の中心となるN1分析とは何かの前提として、大事な概念の整理があります。それが、「プロダクトアイデア」と「コミュニケーションアイデア」の峻別です。

プロダクトそのものがもつアイデアに独自性・便益があれば、それを伝えるだけでもマーケティングは成立します。一方、プロダクトそのものとは別に、マーケティングのクリエイティブ自体の独自性・便益によって、プロダクトの売れ行きを補完するマーケティングもある。

マーケティングのアイデアを発想するにあたっては、これを分けて捉えることが必要だと、筆者は述べています。

ここで混同してはいけないのは、コミュニケーションの成功と、「プロダクトアイデア」自体の成功です。
話題になる広告には独自性があり、広告自体の面白さなど便益として伝わっています。そうした広告はソーシャルで拡散され、評価されて広告賞を受賞したりしますが、必ずしも商品やサービス自体の購買に結びついているわけではありません。ソフトバンクは、「コミュニケーションアイデア」と「プロダクトアイデア」を見事に組み合わせて大成功しましたが、ヒットしていると言われるテレビCMの多くが、広告が購買に結びつかないという問題を抱えています。 (P37)

この視点は、顧客がなぜプロダクトを買ってくれたのかを精緻に分析し次のマーケティング活動に反映するために非常に重要な視点だと思いますが、これまでのマーケティングの本では(当たり前すぎるからか)あまり強調はされてこなかったポイントではないでしょうか。

N1から発想する

N=10の平均的な発見を求めるのではなく、際立った体験や認知を見つけることが重要です。10人はあくまで「N=1」×個別の10人であって、N=10の固まりではないのです。 (P81)

一人の顧客を見つめる分析活動として有名なものに、UI/UXをデザインする際によく用いられる「カスタマージャーニー分析」があります。

マーケティングの世界でもカスタマージャーニー分析をする例はあるとは思いますが、その多くが、アンケート結果をもとに想像した実在しない「三鷹市在住 Xさん 30才 主婦 子供一人」を会議室で作り上げているのではないでしょうか?

西口氏は、実在のロイヤル顧客にインタビューし、その本人が自身を理解している以上にマーケ担当が理解することにこそ、アイデアの源泉がある、と力説します。

9セグマップと競合分析

本書が提案するマーケティングのフレームワークが「9セグマップ」です。その実物がこちら。

図の大きな特徴は、「左から右への移行」が顧客数の増加・売上の増加に繋がる、いわゆる「販売促進」の効果と捉えられる点です。同時に「下段から上段への移行」が、これまで可視化できていなかった「ブランディング」(次回の購買意向・使用意向)の効果です。右上方向の移行は、購買意向が増して実際に購入したということなので、両方が叶ったことになります。 (P126)

ブランディングがマーケティングにもたらす効果とは何かが、この図によって初めて腹落ちしました。

こうした概念をスッキリと理解させてくれるだけでも「すごい」と唸ってしまうのですが、スマートニュースの実際の数値・当時の競合分析の様子まで見せてしまっているのが圧倒的。

テレビCM効果検証のノウハウ

テレビCMは、マーケティングに携わるならやってみたい・頼りたい究極の施策でしょう。

昔に比べれば、テレビ自体のマス訴求力は下がっているのかもしれませんが、そのあとの動画広告・デジタルマーケティングへの展開も含めて考えると、いまだ外すことはできないものだと思います。

スマートニュースでは、認知度が50%を超えるまではテレビCMとオンラインメディアを主に使っていました。 (P92)

とあるとおり、豊富なテレビCMの経験を持つスマートニュース社。

効果測定指標にはアプリのダウンロード数に加えて、Googleトレンドももちいました。筆者の経験では、テレビCMをきっかけに拡大するブランドは、CM放送直後に必ずブランド名の検索数が上昇します。今回は、まずCM放送から5分以内の検索数の上昇率を確認し、翌日にダウンロード増加数を参照して効果を検証しました。 (P181)

西口氏が実際にやってきたテレビCM効果検証のノウハウを具体的にレクチャーしてくださっているのも、類書にはない本書の特徴です。


加えて、本書で紹介されている図版とシートはダウンロードも可能。このレビューでも利用させていただきました。全編に渡り、情報の出し惜しみをしない著者の姿勢に感謝と拍手を。


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