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15歳のとき恋人を大事な場所へ連れて行った話

中学一年生の頃、僕は独りだった。

通っていた中学は二つの小学校の進学先だった。僕の出身小学校と、もう一つは隣り町の小学校だ。

それが嫌でしかたなかった。

「6年間一緒に過ごしたメンバーに、別の学校の連中が紛れ込む」のを「新しい仲間ができる」などとポジティブに受け止められるほど、大人でもなかった。現状維持バイアスに毒されきった僕にとって、中学への進学は苦痛だった。

入学すると苦痛と葛藤はどんどん加速した。
なれない制服や、初めての教科、子どものままの心と、大人と張り合えるぐらい成長していく身体。自分が自分じゃなくなるみたいだった。

思春期特有の気持ち悪さは、成長痛の痛みとともに大きくなっていった。

部活は野球部だった。小学校からの野球仲間だけでやりたかったが、そうはいかなかった。

得体の知れない先輩や、理不尽な教師兼監督も含めると、知らない人たちの方が多いコミュニティになった。

野球という競技は好きだったが、人間関係にガマンできなかった。

次第に部活への参加も少なくなり、僕はその年齢ではやっちゃいけないことを沢山やった。

放課後、知らない町まで自転車をこぐ日々が続いた。

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僕の住んでいた町は2,30分も自転車をこげば、タヌキが出るような竹林と川と池ばかりだ。神戸と言えば都会、港町の印象が強いかもしれないが、隅っこの実態は何のことは無い、ただのドいなかだ。

だけど田舎いなかの環境は、あのときの僕にはありがたかった。
人間が沢山いる場所にはもう嫌気がさしていたからだ。

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知らない町の知らない山を登ると、中腹にさびれた神社があった。
部活をサボった日、僕はいつもそこにいた。

立地も悪く険しい道を通らないと行けなくて、誰もいなくて静かだった。
学校や部活という場所から逃げるように駆け込んでいた。

神社の隣りには『展望やぐら』があり、登ると僕の町が一望できた。

やぐらからの風景はとても綺麗だった。僕を苦しめた、僕の住む町はそこから見ると箱庭のように小さかった。

町の中で生きる人の心や、今まで起きたこと、これから起きることまでが一望できる気がした。

いろんなことが頭に浮かんでは消えた。

「みんなは泥と汗にまみれて、いまごろ練習してるのかなぁ」
「このまま野球を続けないといけないのかなぁ」
「辞めたら白い目で見られるかも」
「でも俺はいったい、何がしたいんだろう。他にやりたいこともないし」
「そういえば女なんて好きになりたくないのに、中学に入ってから女子ばかり見ちゃう。嫌だなぁ」
「誰とも喋りたくない。みんなが俺を笑っているような気がして怖い」

脈絡無い自分との会話がずっと続いた。思春期の葛藤すべてを、そこで消化しようとしていた。

携帯電話なんて持っていなかった。SNSなんてなかった。時間なんて分からなかった。空の色がだいだい色になって、風がつめたくなったら家に帰った。

神社での時間がすごく好きだった。

それを味わいたくてやるべきことをやらず、やっちゃいけないことに逃げて、僕は自転車をこいだ。

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僕は神社の魅力を誰かに話したかった。

我こそは、あの感性を包み込まれて、全身がアンテナになるような気持ちよさの発見者だと自慢したかったのだ。

とある友人に話した。部活も同じで、仲もよかった小学校からの友人だ。

熱を帯びて話す僕の話に魅了されたのか、友人はすぐに乗り気になった。

「明日連れてけ」とせがまれた。

翌日、友人を連れて神社へと向かった。

友人は最初は乗り気だったくせに、神社までの道のりが険しくなるにつれ、文句ばかり言っていた。

山道に入ると、「しんどすぎ、もうやっぱ帰ろっかな」と文句はさらに加速した。

「いいから、着けば分かるって」

そう言って僕はズンズン山を登っていった。山道は20分は続く。

僕は慣れたものだったが、友人はキツそうだった。

息も切れ切れに登りきった友人は「うん、まぁええと思うけど、そんなええか?」と言った。

彼に感動は訪れなかった。

僕はそのときは笑ってごまかしたが、すごく哀しかった。

あの頃の僕にとって、あの神社とやぐらは一番大切な場所だった。

学校にいても、グラウンドにいても、家にいても、どこにいても、自分が何者なのか分からなかった。 やぐらに登って、箱庭みたいな町を望んで、自分の心を受け止める。そのときだけは自分自身を感じられた。

しかし友人の放った一言で、宝物と僕のアイデンティティは泥まみれになった。

そして僕は神社の話を誰にもしなくなった。

あの場所に感動している自分を、恥ずかしいとさえ思った。
話したかったはずの場所は、誰にも話せない場所になった。

孤独は進み、完全に地球上でひとりぼっちになった気がした。

毎日のように度数の高いアルコールを飲んで過ごした。部活はバックレたままやめた。

学校にも神社にも行く頻度は激減してしまった。 ギターを買って逃げるように音楽を作り始めた。

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時がガッツリ流れた。山のように曲が生まれていた。中学卒業が近づいていた。「この地獄がようやく終わる」と思った。

その頃、人生初めての恋人ができた。 近所に住む素直な性格のかわいらしい娘だった。地獄の底にいた僕にとって、近くにいてくれるあの娘は救いそのものだった。

日々は鮮やかになり、学校に行くようにもなった。つまらない放課後は一転した。

彼女とは、いろんなことを話した。

考えていること、聴いている音楽のこと、作った音楽のこと、味わってきたこと。

今までの人生の鬱積をぶつけるように、すべてと言ってもいいぐらいのことを毎日話した。

彼女も楽しそうに聴いてくれていた。 嬉しかった。

それでも「あの場所」のことは黙っていた。

魅力を分かってもらえるか不安だったし、あそこは僕にとって、どこか恥ずかしいものになっていた。

それにあの時間、僕が感じていたことはきっと幻想ではないけれど、 それを人にうまく説明できる自信はなかった。

いや、それは言い訳だ。本当は違う。

もう悪意の有無に関わらず、大切なものが汚される、 あの胸がキリでえぐられるような痛みを僕は感じたくなかったのだ。

二年前、友人が僕の心に突き刺した「そんなにいいか?」はまだブッ刺さったままだったのだ。思い出すだけで、心がズキッとした。血が流れていないだけで、痛覚はたしかに鳴いていた。

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しかし付き合って初めての夏、僕は彼女をあの神社に連れて行くことになる。

キッカケはなんでもない日だった。

二人で散歩をしているときに、「ねぇ、秘密にしてることを一つだけ教え合おう?」 と彼女が言った。

疑問文じゃないのに、語尾の持ち上がる不思議な口調だった。なんていうか魂に色気があると言えばいいのか、本当にセンスのある娘だった。

その話し方、ひいては聴き方のせいだろうか。僕はあの頃の話を少しずつ始めた。

独りだったこと、酒タバコに逃げたこと、 部活からも逃げ出してやぐらで過ごした毎日のこと、そこで感じたこと、 そこはまぎれもなく素晴らしい場所だったこと。

そして、それを友人に理解されなかったこと。

うまく説明できない僕のヘタな話を彼女はただただ聴いてくれていた。

そして僕が話し終わるのを確かめると、少し笑って、「連れて行って」と言った。

それから数日して、僕たちは二人で神社へ行った。

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山のふもとまではそこまでつらくない。僕たちの町から距離はあるが、平坦な道も多い。

問題は山道だった。彼女が登れるのか不安だった。

標高を一気に稼ぐような急な勾配が続く。
7月下旬の猛暑のせいで、山道は余計に険しく感じた。 鳴きまくるセミは命の限り、声を荒げていた。

彼女は汗で髪が顔に張り付いているのを気にも留めないで、 ニコニコしながら、「たしかにきついねー!」と歌うように、僕の後ろを着いてきた。

笑う彼女とは対照的に、僕は怯えていた。

時折、後ろから聴こえる声に生返事をしながら、下を向いて、坂道を登っていた。

僕は何よりも着いたときにガッカリされるのが怖かった。

自分の大切な人に、自分の大切なものが否定されるかもしれない恐怖で、気温以上に汗が噴き出た。

登りきると、涼しかった。 僕も神社に来たのは久しぶりだった。
空が近くなって、風が笹を揺らす音が何重奏にも重なって聴こえる。

山道の険しさと登り切ったときの気持ち良さのコントラストは相変わらず完璧だった。


僕の感性も、神社の佇まいも、あの頃と何も変わっていないことにホッとした。 やっぱりここが好きなんだと思った。

怯えていた心に、自分の信じていたものが流れ込んで少し落ち着いた。

「わー!着いたー!」

すぐに彼女の高い声が後ろから聴こえた。

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「やぐらに登る?」と聞くと

「登る登る!」と彼女が言った。

手をつないで、やぐらに登った。

あの頃と変わらない箱庭みたいな町があった。雲一つない空がパノラマで広がる。

「すごい!綺麗!」

小さな町を見る彼女の声はまるでグランドキャニオンでも見ているかのようだった。

嬉しかった。

でも嬉しいはずなのに、僕は感情をうまく表に出せなかった。

いろんなことが一気にフラッシュバックしていた。独りぼっちだった頃の記憶が蘇った。

「川嶋くん!ねぇねぇ!あれ学校かな!?ねぇ、あれは?」

彼女の声が遠く感じた。不思議と泣きそうだった。

空も神社も町もやぐらも、すべてが独りだったあの頃と同じだった。

それなのに何故だろう。誰かと手をつないでいるだけで、世界の感じ方や見え方はまるで違う。

空が青すぎるぐらいに青くて、風は身体の中を通過してるみたいに涼しい。

そして彼女と見ると、僕を苦しめてきた小さな町は眩しすぎるぐらい美しかった。

この場所は誰とも喋りたくなくて、誰ともつながりたくなくて、辿り着いた僕だけの後ろ暗い場所だった。

そんな場所が世界で一番尊いものに化けた。

いろんなことから逃げてきた、自分がちっぽけに思えた。

頭の中でキーンと音がする。

「いいとこね!」とつないだ手の先から、また明るい声が聴こえた。

何故かは分からなかった。

分からないけど、僕は手をつないだまま、つないでもらったまま、耐えきれず泣いていた。



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