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秘密を守れるか

男も女も同じである。

秘密がそいつ自体をクールにしていく。やはり何でもかんでも喋るやつはよろしくない。

おしゃべり、対話は楽しい娯楽のひとつだが話題というものがある。0と1では語れないが、ひとの秘密や言われたくないことをペラペラ喋っていてはよろしくない。

先日、僕自身のことを他人にペラペラ喋られた。ヘリウムガスより軽い友人に喋られた。なかなかずいぶんに嫌だった。

言われたこと自体も嫌だったが、なんというかその友人がそんなやつだったことが嫌だったのだ。勝手に期待して勝手にガッカリして恐縮だったが、ヘコんだ。また少し死にたくなった。

顔面を殴ったりはしなかったがその男とは静かに距離を置いた。心の距離が新宿と月ぐらい離れた。これからもどんどん離れていくだろう。

とは言え僕も似たような失敗がある。「秘密保持」を良しとするかダサイと思うか、その美学を叩き込んでくれたひとがいる。

そう考えると、僕にはそのひとがいたからというだけの話だ。そして今回距離を置いたそいつには、そんなセンパイがいなかった。人運の良し悪し。それだけ。そう思うと、新宿とブラジルぐらいに距離は近づきそうだ。

僕にとっての、そのセンパイは十年ほど前の上司だった。

僕はそのひとに仕事を教えてもらって、ギガンテス貧乏から抜け出した。

それまで月収5万で家賃6万の家に住むという「時が進むにつれ、死に近づいていく」という毎日を過ごしていた。その日々に終止符を売ってくれたひとだった。

「稼ぐ」という生きていく上で、無視できない技術を僕に叩き込んでくれたひとだ。ここまで人間をやれているのはそのひとの影響が大きい。超絶カリスマ性のあるひとで、若い僕はインスパイアされまくった。

ある日、センパイと僕は梅田のカウンターしかないバーにいた。
マトモな暮らしや、心身の充実を手に入れ始めた僕はあの頃ずいぶん調子に乗っていたような気がする。

当時、ある職場ゴシップがあった。
じつはアイツとアイツが付き合っていたのだ!というそれだけのたわいもない話だ。知っている同僚も少なく、その情報を得ていた僕はゲスめの優越感に浸っていた。

僕は上司にそれを面白おかしく話そうとした。

「〇〇さん、ここだけの話なんすけど・・・」と切り出した瞬間だった。

すると「何の話かはしらないが、そこでやめとけ」と言葉をさえぎられた。ふだんの物言いと違う、緊張感のあるフィーリングを感じたので、僕はビビった。

センパイはハーパーのグラスを置いて、続けた。

「『ここだけの話』なんて男なら絶対するな。そういうのはやめとけ。秘密がお前をかっこよくしてくれるんだよ。口が軽いのは男として一番格下だ」と。

いつになく真剣な顔つきで言われたのをいまだに覚えている。ふだんギャグばかりかましているひとだったから余計に印象的だった。

それからも「秘密がお前をかっこよくしてくれるんだよ」は僕の中でいくつかある座右の銘になっている。
忘れそうになることもある。でも開けちゃいけない金庫は開けないようにしている。「ここだけの話」で得られる飲み会での瞬間的な盛り上がりと、「一番格下」は天秤にかけにくい。

でも子供のとき、クラスに何人かいたと思う。

仲間と作った秘密基地を周りにバラしたり、ささいなイタズラを、わざわざ先生に告げ口するような男が。

彼らのなかでは正義を果たしたつもりなのだろうが、残念ながらこういうタイプは男の世界からはやがて外される。

もちろんそういうタイプの男は、えてして世渡りがうまい。だから社会に出てもそこそこのポジションくらいまで行くことはある。
しかし結局、そんな男を最後の最後まで大成させるほど世間は甘くはない。

そんな人間のそばにいるのは、同じようなやつでしかない。ハードでもクールでもない。

秘密を守るというのは義務でもある。どんだけ酔っ払っても「ここだけは開けない」という金庫があるとないとでは、そいつのクオリティはずいぶん違う。


十年ぐらい前にくらった説教が何周かまわって、最近やたら響く日がある。あのときも鳴ったが、よりいっそう鳴り響く。

小さい頃より時間が経つのが早い。またいっそうスピードが上がったように感じる。人生の残り時間が音を立ててゴリゴリ減っていっているのだろう。

死ぬまでに色々間に合うのだろうか。

酒を飲む機会は減ったが、バーに行けば僕は未だにハーパーを頼む。センパイの猿マネをしていたのが、クセになってしまった。

そのセンパイは、僕と同僚が半年後に犯す人生最大級のミスのせいでクビになった。

センパイは社長に頭が割れるほど殴られていた。それでも下の人間を誰も責めずに、去っていった。

あのときの僕は謝りたいのに、誰に謝ることもできなかった。クビにもしてもらえなかった。ただの下っ端では責任も取れないし、クビ自体になんの価値もないのだと知った。

十年経っても苦くて仕方ないことがある。楽しかったことよりも覚えている。そして楽しかったことよりも今日の自分を戒め、そして救ったりする。

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