バンドマンの中身

バンドマンというだけで「無責任なダメ男」なる先入観を持たれる。

これはギターを弾き始めた中学生のときから分かっていた。

なんとなく、社会的評価が低いこと。

なんとなく、大人はいい顔をしないこと。

なんとなく、ある程度の年齢になると「負けて」しまうこと。

なんとなく、一緒になっていくような女には歓迎されないこと。

僕が新卒にならず、上京しようと決めたときは22歳だった。中学生ならいざ知らず、いい大人である。
マトモな男ならば羅列した「なんとなく」が「なんとなく」で済まないことを肌で感じられる年齢だ。

それでも僕は「バンドマンになる」という進路をとった。一生に一度のブランドである「新卒生」を捨ててまで、バンドマンに成り果てた。

四大卒の新卒というブランドはすさまじい。なんとどれだけ能力が低くても相手をしてもらえるのだ。雑魚が巨匠と話せるのだ。「新卒」というだけで分不相応な面接が受けられる。

あのとき面接を受けれたほとんどの企業が、今となっては口を聞くこともできない。

卒業して、一ヶ月で僕は23歳になった。

心の大半を占めたのは、もう二度と戻れないエリアに踏み出してしまう怖さだ。とにかく酔っ払って現実をボカして見るしかなかった。

「夢のあるひとカッコいい!」とかそれこそ無責任なことをのたまう女たちに怒りを燃やした。

マトモな感性がある男ならば、自らの使命感や責任感、社会性の欠如を許せなくなる。僕だってまわりの同い年が、メキメキと立派になっていくのを横目に泣いていた。

「嗚呼、なんでバンドマンになったのだろう」と幾度も思い倒した。やめよう、と思ったことなんて一度や二度ではない。

何しろ、あのとき感じた「なんとなく」が年月と共に確信に変わっていくのだ。三十路と化した今ならば、あれが真実だったと断言できる。

「じゃあやめろよ」と関係のないひとが気軽に言ってくる。

やめられないのだ。


毎夜毎夜と空の様相は変わらないが、「生きてて良かった」と思える、奇跡の降り注ぐ夜が定期的に来てしまうからだ。

普通に生きていたら感じ得なかった心の動きが幾重にも重なっている。

それにしても何で続くのか、何で踏み出せたのか。自分でも気持ち悪くなる。それに、もう好きとか嫌いに音楽をカテゴライズできないのだ。分からなくなるぐらいには時間を捧げてきた。

いろんな理由がある。「お前らのほとんどにはロクな未来が待っていない」と言われて育ったからか。たしかに自分の人生に大した期待をしていなかったから、守るものも無かったのだ。

でも最大の理由は違う。

それでも音楽を始めてしまったのはモテたかったからだ。

僕たちバンドマンは「会社員になるよりは少しはモテるはずだ!」と涙ぐましく、人生賭けてモテようとしてきた。

濡れ衣だがバンドマンってみんなそうなんじゃないか。

女というか人間にモテたかった。

どうしようもなく哀しい過去になるけど、音楽にすがりついている人間は寂しかったのだ。

自分の人生に期待はしていなかったけど、人間には期待しているのだ。「誰かが自分を愛してくれるんじゃないか」が止まらなかった。

では、果たして有名になればその寂しさや痛みは成仏するのだろうか。これは有名になったことがないからわからない。

しかし少なくとも中学生の頃と、テレビやラジオやCDが展開されるようになった20代半ばを比較するとその寂しさは動いた。

微動だにしなかった苦しさが、音楽を通して自分を分かってもらうと、ズルズルと徐行ぐらいの速度で動いたのである。

歌が続いてしまう理由の一端をほじくり返すと、もはや業なのだ。この業がどっかの患者にも効けばいい。この声が届くのであれば。

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takuro(juJoe)

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