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カジュアルに正解はないけれどスーツには正解がある

スーツ姿にダメ出しをされた苦い思い出

身なりについて他人から指摘されるのは非常に不愉快だし、もしその場に他の人がいたら相当恥ずかしい思いをする。かく言う自分も30代前半の頃、広告代理店のお偉いさんに「キミはまだスーツを着こなせてないねぇ〜」と鼻で笑われたことがいまだに忘れられない。彼の目に映っていた私のスーツ姿は中途半端で浮ついたものだったのだろう。

そのお偉いさんというのは業界でも有名なイタリア通で、スーツの着こなしも板についたものだった。だから、私は何も言い返すことができずにその場をやり過ごした。腸が煮えくり返る思いだったが、反論したり、言い訳したりするのも負けを認めたみたいに思えたから。当時それなりにスーツを着こなせているという自信があったし、その日のスーツはベルベストというイタリア製高級スーツだったこともあって、余計に悔しかった。

改めてその日の着こなしを思い返すと、袖丈も裾丈も2センチほど長かったし、ネクタイもプレーンノットではなくセミウィンザーノットにすべきだった。いくら高級スーツを着ていたとしても、身体にぴったりとフィットして、シャツや小物にいたるまで全てが調和していないと、スーツを“着こなしている”とは言えない。

名著と出会い正しいスーツの着こなしを知る

その数年後、フリーランスになるタイミングで、やっぱりスーツの着こなしを基礎から学ぼうと思い立ち、故・落合正勝による『男の服装術』を手に入れた。クラシックなスーツとはこうでなければならない、こうあるべきだといった断定的な語り口で展開していくのにはいささかの抵抗があったものの、読み進めていくと納得させられることばかりだった。

特にアングロサクソン(英)、ラテン(仏・伊)、アメリカとそれぞれの国(民族)でスーツの趣向が異なり、その要因は歴史や文化の違いによるものであることを説明する章や、クラシックなスーツスタイルに必要な服や小物はすべて天然素材でなければならないという言葉にも非常に説得力がある。イタリアクラシコを日本に紹介した第一人者でもある氏による本著が、いまだに高く評価されているのも頷ける深い内容の一冊だった。

イギリスで生まれヨーロッパで育ち、アメリカへと受け継がれたスーツスタイルだが、その細かな着こなしのルールにはすべて理由があり、社会における衣服のあり方や哲学が込められている。だからスーツスタイルを会得するという行為は、彼らの歴史と精神性をも理解する必要あるのだ。そして、クラシックなスーツスタイルこそ、世界で通用する普遍的な着こなしであることを理解した。

ルールを覚えて実践するのが唯一の近道

それ以来、スーツを着るときは『男の服装術』を教科書として、そこに書かれていることを可能な限り実践するようにした。ジャケットの肩幅はミリ単位でこだわり、シャツ袖はジャケットから1センチ出すように袖口を詰め、パンツ裾の折り返し幅は4センチにした。そうして、何度も小さな失敗を繰り返しながらではあるが、30代後半になってからはある程度きちんとしたスーツスタイルを実践できるようになったと思う。

普段のカジュアルはそれなりにトレンドを意識したり、自分流に組み合わせたり、自由に楽しむべきものだけど、スーツスタイルだけは別物だ。言い換えれば、“カジュアルには正解はないけれどスーツには正解がある”。だから、いったん自分のものにしてしまえば死ぬまで通用するし、そうすべきなのだと気が付いた。細かなルールが煩わしく感じることもあるけれど、一つずつ実践すれば必ず正解に近づける。

スーツは二極化が進むがクラシックは死なない

翻って現状を見渡すと、ビジネスカジュアルが許容されている職場やシーンが増え、ネクタイを締めてきちんとスーツを着る機会はどんどん減ってきている。特にこだわりがないビジネスマンなら、スーツ量販店などで売っているストレッチ素材のセットアップで十分だ。10年前はかなりチープで雑な作りのものが多かったけど、最近は見た目もこなれてきているのでそれなりに見せてくれる。リュックとスニーカーと組み合わせれば、ストレスなく快適に仕事ができる。

その一方で、スーツをファッションとして楽しむ「背広散歩」というイベントが盛況だということをInstagramで知った。ビームスのPRである安武氏が発起人となり、中堅スタッフが中心となったイベントなのだが、今回で3回目となる。自慢のスーツスタイルで集い、浅草の街を散歩し、その姿をアップしている。100名近くにも及んだ参加者たちの多彩な着こなしも見事で、こうした取り組みが若い世代にも共感を生み出している。

たしかにクラシックなスーツスタイルは一部の好事家の愉しみとなっている。それでも次世代へと継承され、趣味性の高いファッションとして今後も生き残っていくのだろう。イケオジになるべく、たまにはスーツをビシッと着こなそうと思う。


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