TOKYO COMPLEX「夜を歩く」

上京して、というより、一人暮らしをし始めて大きく変わったことは夜の時間を自由に過ごすことができるようになったことだ。

高校生までの頃、夜は家で過ごす時間だった。
札幌の外れのベッドタウンに実家があったため、娯楽施設はない。
さらに高校も札幌の外れにある高校だったこともあり、割と素直に家に帰っていた。
厳格な家庭ではなかったが、真面目に育てられた僕は夜は家で本を読んだり、テレビを見たり、ネットをしたりと、家の中で過ごすことが多かった。
深夜ラジオをこっそりと夜中、イアホンで聞くことですら背徳感を抱いていたのだからただただ真面目だったと思う。

その頃の同級生も夜はそんなに出歩いてはいなかったのではないだろうか。
少なくとも札幌市内でも有数の「真面目高校」と呼ばれていた高校なのだから考えにくい(最近はそこまでも真面目ではないと聞く)。
もしかすると友達と夜までファミレスで勉強会と題した交流があったのかもしれない。
中学までの同級生はどうだろう。
義務教育の範疇であるため、公立の中学への進学理由は地区・エリアに依るものになるため成績は関係ない。
そうなると学力優秀なものもいればやんちゃ系なものもいる。
やんちゃ系だった同級生は早い段階から夜の街で遊んでいたのかもしれない。
Facebookで中学の同級生を見ると多種多様な人生をそれぞれ過ごしていて感心する。
やんちゃだったものでそのままやんちゃな道を歩み、恐らくアンダーグラウンドのような世界を生きるものもいる。
マイルドヤンキー的な属種のものもいて面白い。

話を戻る。
そんな高校まで夜はほとんど家の中で過ごしていた僕にとって、上京し、一人暮らしをした時、夜が有限から無限となった。

大学と最寄駅の間の距離に住んでいた僕の家は同級生の溜まり場になっていた。
夜通し、家で遊ぶことも多かった。
もしかすると高校生の時、同級生が体験していた夜遊びってこういうものだったのか、と感じた瞬間だった。

印象深い夜がある。
大学1年も終わりに差し掛かってきた時だったと思う。
夜中、深夜ラジオを聞いていた時に同級生の女子から電話が入る。
ちょうど武蔵小金井でラーメン屋を探しているのだが、この時間にやっているラーメン屋に良かった一緒に行こう、と。
夜中1時半ぐらいだったと思う。
僕はネットでこの時間にやっているラーメン屋を調べ、家を出て自転車に跨った。

2名の同級生と合流し、そのラーメン屋に行くも、見当たらない。
当時、まだスマートフォンが出る前であり、ガラケーで情報を調べるしか方法がなかった。
ようやくたどり着いた結論はそのお店はすでに店を畳んでおり、違うお店になっていることだった。
今はスマホで簡単に閉店情報も調べられるが当時はその術がなく、無駄な時間を過ごすこととなった。
しかし、その無駄な時間も楽しい、と思えるようなひと時だった。
結果、近くにあったラーメン屋でラーメンを3人で食べ、彼女たちを家まで送り、自宅へ帰る。

その前もこうして夜中に家を出ることはあったのだがこのエピソードが強く記憶に残っている。
夜中1時半に自転車で彷徨う、という体験が夜をあまり知らなかった僕には斬新だったのだろう。

当時の僕としては強烈なエピソードではあるが、その時から10年ぐらいの時を経た僕から見るとなんともまあピュアなんだろう、と。
東京の夜の街、というと新宿や六本木といったもののほうがイメージが強い。
それが国分寺と武蔵小金井での思い出なのだから笑えてくる。

ふと、頭がよぎる。
僕は一度浪人し、その後、上京している。
もしも第1志望だった地元の大学に合格していたら、、
恐らく、高校生の時と変わらず、家に帰り、家族と過ごしていた時間が圧倒的に多かった。
上京したことで夜が無限となり、友達や先輩・後輩と様々な交流を行うことができた。
今、こうして社会人となり、一人で夜の街に飲むこともこうした大学時代の、夜が無限になったからではないだろうか。
そう考えると少し恐ろしさも感じる。
もっと狭い視野で過ごすことになっていたのかもしれない。
地元は確かに大好きではあるが、上京して良かった、と思える。

大学時代。夜と酒を少し覚えたことで色々なことを覚えた。

夜が有限から無限へ。
それはまるで、夢幻。

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