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ファルコン・ヘビー

 2018年2月6日、SpaceXの超巨大ロケット「ファルコン・ヘビー」初飛行。真昼間、僕はデスクの3つのディスプレイの1つにライブ中継を映し出して、仕事を中断して見守った。

 途中、ライブ中継が4つの画面に分かれ、二段目が地球を背にして上昇しつづける映像と3本のブースターがそれぞれ地球に向かって下降する映像とを4つ同時に映しているときは、僕が今何を見ているのか、心が追い付かなかった。僕はおそらく歴史が作られるのを見ていた。

 2本のサイドコアが同時に着陸するシーンが興奮のクライマックスだった。

 テストフライトとあって、搭載されたペイロードはTeslaのEVスポーツカー「ロードスター」。中には、宇宙服を着た「スターマン」が片手ハンドルで乗っており、BGMはデヴィッド・ボウイ。この無駄の数々が最高にロックだ。

 洋上着陸する予定だったセンターコアはエンジンの不具合によりドローン船近くの海面へ落下したため、100%成功とは言えないが、そんなことはもはやどうでもよい。とにかく、心震わされる10分間だった。

★彡

ヘビー級のボディブロー

 その後、興奮冷めやらぬまま電話会議。僕が携わっている2つの仕事のうち、小惑星探査機の自律化の方で、僕が担当しているのは自動で故障を検知し隔離する機能の開発だ(宇宙探査を「システムする」参照)。

 これが、ここ最近もっとも苦労している仕事だ。ここんとこ毎回ミーティングが炎上している。システムをどんな階層構造にして、故障検知アルゴリズムをどのレイヤーに置くかを巡って、ある3人が毎回ヒートアップ。

 黎明期には必要な議論なんだけど、猛スピードすぎて僕の担当ドメインなのに全く手が出せない。マジでヤムチャ状態。まず僕に宇宙探査機のフライトソフトウェアに関する知識と経験が圧倒的に足りてない。

 そして、さらにしんどいことに、初めてC++という言語でソフトウェアを開発している。今日の電話会議は、共同開発をしているプログラマーに教えを請いながら、僕が開発した部分をリアルタイムでデバッグする、という内容だったのだが、電話会議中に解決できなかったバグがひとつだけ残った。

 今日の残りの時間はすべて、そのデバッグにあてることになった。

 想像してみてほしい。初めて学ぶ外国語で、見よう見まねで短編小説を書いたら、ある箇所の文法がおかしいとダメ出しをされる。しかしそのダメ出しもその言語で書かれていて、簡単に読み解くことができない。今、そんな状態。

★彡

 僕は、2年半ほど前のSpaceXの電話面接で、C++の経験がないことを理由に落とされたことを思い出していた。相手はまさに今日大偉業を成し遂げた、ブースターを自動着陸させる技術を開発する誘導・航法・制御の部署だ。

 僕は、いち宇宙ファンとして、今日の歴史的大偉業に興奮したが、僕は歴史の証人にしかなれなかった。歴史を作った張本人にはなれなかった。SpaceXのエンジニアたちが心底うらやましい。悔しい。

★彡

 窓の外が暗くなりはじめても、僕は、今なおこの、たったひとつのバグさえ解決できないでいた。

 昼間の興奮がヘビー級のボディブローのように効いてきた。

 今日のSpaceXと僕は天地の差。一日中ずっと右のディスプレイに映し続けていたスターマンに、遥かな高みから見下ろされているような気がした。

 打ちのめされた一日だった。


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